第十五話 鍛冶職人【改訂版1】

※スイールとラドムの会話をかなり変更。



「さて、これをどうするか」


 テーブルの上に乗せてある剣を前に、スイールは悩んでいた。

 エゼルバルドから預かった剣は働くのを拒んでいる状態だ。芯となる刀身は魔力を帯びているため無傷であるが、持ち手や鍔などは使用に耐える事が出来ないほど錆び、そして朽ちかけている。

 さらに、刀身の能力が封印されていて、剣を使える状態に戻しても、まともに扱う事は無理だろう。

 それに、封印が何故されているのかもスイールは気になった。


 さらにこの剣が珍しいのは、一般的な作り方で一体式にしているのではなく、刀身と持ち手、鍔など、全てが別の素材、部品で出来ているのだ。

 鍔は赤い錆が、持ち手は黒い錆がそれぞれを纏っていて、錆の状態により、材質が違うと予測している。


「とりあえず、剣の見た目を戻すか。全てはそれからだな」


 見ていても始まらないと溜息を吐くと、何処からか、埃のかぶった道具箱を取り出す。表面を”サッ”と払っただけで埃が舞い上がるほどに使っていなかったらしい。

 道具箱を開けて、金属製のタガネと鉄頭のハンマーを取り出す。

 タガネは先端が一センチほどが平たく尖っており、隙間に打ち込んでこじ開けるのに適している。


 スイールはタガネの先端を、剣と鍔の境目に当てると力を込めてハンマーをタガネに打ち付ける。手始めに鍔を刀身から取り外そうと考えたのだ。


 そして、ハンマーをタガネに打ち付けるたびに、”カーン!”と硬質な音が部屋に響く。


 十数回もハンマーを打つと、タガネを持った手がしびれ出した。それだけ硬い金属が使われているのだろう。


「さて、どうなったかな?」


 タガネを打ち付けた場所を目を凝らして見ると、打ち付けた場所の錆が剥がれ飛び、綺麗な銀色の地金が見えただけであった。

 浮いた錆は確かに落ちたが、スイールの手が痺れるほどに硬い金属が刀身に張り付いていた。


 再度、打ち込もうとタガネの先端にふと目が向くと、驚いたことに先端が破損していたのだ。刃毀れの様な状態になり、工具が完全に負け、スイールの持つ道具では分解が不可能と結論が出た。


「何だ、この硬さは!私じゃ、手も足も出ないのか」


 手も足も出ぬ剣を前にして、腕を組んでスイールは考え始める。


(この剣の事を他人に話されたり、余計な詮索をされるのは都合が悪い。少し遠いが杖を作ったあいつに頼むしかないか……)


 口が堅く、技術を持ち、信頼できる鍛冶師、そんな都合のよい職人が近くのいる訳がないと思うが、スイールには一人だけ心当たりがあった。彼ならばスイールの考えをくみしてくれるだろう、と。

 そして、剣を布で巻いて、細長いケースに仕舞うとそれをバックパックにくくり付けて旅の支度を始める。

 先日、旅から帰ってきたばかりだというのにすぐに出発しなければならぬとは、スイール自身が驚いていた。


(帰ってきたばかりでまた出かけるのは、初めてかもしれないな)


 突発的な旅になるが、旅好きなスイールからは笑顔がこぼれていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 太陽が傾き、午後の眠気が襲う気だるい時間が終わる頃、孤児院にスイールが到着した。そして、玄関を開けて個人へ足を踏み入れようとした所で、教会に行き、祈りを捧げようとした神父とぶつかりそうになり、思わず声を上げた。


「おっと!誰かと思ったら神父でしたか。シスターはいらっしゃいますか?」


 神父が苦手な奴が現れたなと渋い表情を見せたが、それを気にせずにスイールは神父へ尋ねる。


「ん?私じゃ何か不味い話かい?」

「いえ、そうではないです。しばらく留守にしますので、それを伝えに来ただけです」


 神父は、また出掛けてしまうのか、と溜息を吐く。

 孤児院にいつもいるとは言え、子供を養っているのだから少しは落ち着いて欲しいと感じている。だが、それを強く言うのは子供達の手前、我慢するしかなくプルプルと肩が震えていた。


(いつか、言い返してやりたい)


 苦手な男を前に、神父の内心は穏やかではなかったようだ。


「今回は、二週間を予定していますと、子供達に伝えてください」

「これから出発するのか?」

「はい、今回のは緊急性が高いと判断しました。行先は南の【リブティヒ】の村です」

「春先とはいえ物騒だから気をつけろよ。何かあったら子供達が悲しむんだからな」

「はい、気を付けて行ってきます」


 スイールは会話を終えると、神父に挨拶をして孤児院を離れた。

 その姿を見送る神父は、ようやく行ったかと呟くと、これ以上話しをしなくて済んだとほっと胸をなでおろしていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 リブティヒの村は、ブールの街から南に歩いて二日半の距離にある。

 何故、不毛の地のすぐ側に村があるのかと言うと、裏手の鉱山から運ばれる鉱石をすぐ加工できるようにと鍛冶場が作られたのが始まりとされており、そこから人口が徐々に増えだしたのだ。おまけに村の近所を河が流れているので、船での輸送も盛んに行われている。


 ブールの街を出発して二日、スイールはリブティヒに到着した。今回は急ぎともあって乗合馬車を利用したが、二日も乗り心地の悪い馬車で山道を走っていれば、体のあちこちが痛くなってくる。

 今の時間は、夜が明けてから三時間ほどで、午前中でも早い時間帯だ。

 宿の予約の心配もまだ要らないだろうと、早速、目的の工房を訪れようと足を向ける。


”ラドム工房 ドワーフの店”


 スイールが贔屓にする鍛冶師の工房が、ひっそりと街外れに建っている。

 工房の前を通れば、中から金属をリズミカルに打つ音が漏れ聞こえてくる。

 工房の主は腕に覚えがあり、作り上げる武具、道具は折り紙付きであるが、工房に現れるのは決まった常連客だけだったりする。


(不愛想なのが直ればなぁ……。腕は確かなんだが)


 客が現れても”ぶすっ”とした無愛想な表情をしているのが仕事が増えない理由であろうかと、いつも思うのだが面と向かって言えずにいるのだ。


「おはようございます。お久しぶりですね」

「”おはよう”って時間じゃ無えだろう。今、何時だと思っているんだ?」


 金属を打つ手を止め、いきなり現れ作業の邪魔をする迷惑な客に、怪訝そうな顔をして向き直る。

 さすが、熱した金属を相手にしているドワーフだけあり、太い腕に、力強い脚、頑強な体が頼もしい。そう、彼こそがこの鍛冶工房の主人【ラドム】である。


「なんだ、おめぇか。しばらく顔を出さなかったじゃねぇか。元気してたか?」


 昔からの知り合いに口悪く話すが、スイールはそれを気にすることなく、頑固親父は健在だと思い、話を続ける。


「まぁ、見た通りですよ。それより、急ぎの仕事をお願いしたいのですが出来ますか?」

「ふん。お前の仕事は急ぎばかりでいけねぇよ。仕事が立て込んでっかんよ、はいそうですか、って訳にはいかねぇよ。まぁ、話だけは聞いてやるがな」

「申し訳ないですね。ちょっと内密なんで、奥の部屋借りても大丈夫ですか?」

「ちょうど、ひと休みの時間だから、その間だけならな」


”ぐいっ”と水を煽ると、スイールを連れて奥の部屋へと入っていく。




「おいおい!こりゃ、なんじゃぁ!!」


 細長いケースから出された剣を受け取り、舐め回す様に調べると驚愕の表情を見せた。

 過去に数本だけ見たことがあるような、特殊な剣であった。と。


「この剣は何だ、スイールよ。刀身は錆も刃こぼれも無い。何か魔法が掛かっているようだが、オレにはわからん。だが、鍔や持ち手のはどうだ、何年過ぎてんだ。いや、何百年経ってるって印象だ」


 鈍く光る刀身を眺めながら、不釣合いの朽ち掛けた柄や鍔を見れば、どれだけ昔に作られたのか想像出来る。特に柄の部分で朽ち方が激しいのだが。


「国管理の地下迷宮から出てきた国宝の剣を見たことあるけどよぉ、こんな、朽ち果てる寸前の剣、見たことねぇぞ」


 さらにラドムが驚きの声を上げる。今まで、見て来た剣とは根本的に何かが違う。

 いや、何か目的をもって作られている、そんな印象を受ける。


「私もこの剣を手に取ったときは驚きました。刀身はまったくの無傷なのに、鍔と柄は朽ちる寸前です。刀身の魔法は私が何とかするにしても、鍔は硬くてタガネも入らず、お手上げの状態でした」

「あぁ、納得はした。こりゃ、大仕事になるな。で、こいつを直すとして、どうすんだ?国にでも献上するのか?」


 スイールの技術ではどうしようもなく、ラドムの元へと持ち込んだと告げると彼はそりゃそうだろうと納得した。この珍しい剣を直した後は国に献上し国宝にでもしてもらうのかと尋ねるが、スイールはそうではないと首を横に振る。


「そんな事はしませんよ。それにこの剣は私の子供が見つけたので、彼が持てる様にしたいのですよ」

「お前さん、結婚したんだっけ?」

「いえ、違います。子供は拾ったんです」

「拾ったって、オイ!」


 スイール子供と聞いて、まさか結婚?と驚いたが、拾ったのだとスイールから再度聞いて、さらに驚いた。

 その後、拾った……いや、保護した経緯を聞いて、この男ならそうするだろうと妙に納得していた。


「そんな訳で、この剣を普通の魔法剣に見える様にして貰いたいのですよ」

「これだけの剣を、何処にでもある剣に見せるって、ずいぶんだなぁ。勿体な過ぎないか?」

「恐らくですが、この剣は彼を主人としてしまった様です」

「刀身に掛けられた魔法ってヤツがか?」


 スイールはエゼルバルドが持つには特別な装飾を施された剣よりも、普段使いできる普通の剣の方が合っていると考えた。それに、国宝級だと見られて盗賊等に狙われるよりもよっぽど良いだろうし、何より、彼が望んでいないだろう。


 それともう一つ、で彼を主人に選んだと感じたのだ。何処かへ置き去りにしても必ず彼の下へと戻ってくるだろう、と。


「なるほど、お前さんだからそう感じたのか……。って、お前さんの魔法の知識はいつ聞いても異常だな」

「そうですか?ちょっと古い文献を読んだだけのしがない魔術師ですよ、私は」


 魔法の知識に関しては、この男の右に出る者はいないだろうと思っているのがラドムである。相手が宮廷魔術師の長であったとしてもだ。それなのに、魔法に関しては自らを卑下するのは、腑に落ちないでいた。


「まぁいいや。休憩時間も過ぎたし、一丁やってみるか。おおっと、さっきの仕事を一度止めて間に入れるんだから、特急料金を貰うからな」

「それは気にしませんので、好きなようにお願いします」

「任せとけ」


 休憩も終わり、ラドムは”さてと”と、勢いを付けて立ち上がり、熱を発する炉のある作業場へと戻って行った。


 ラドムは早速剣について詳細に調べ始めた。刀身以外に使われている材質が何であるかだ。

 小さなハンマーをリズミカルに打ち付け出すと硬質な音と軟質な音と二種類の材質が使われているとわかった。


「ふむ、柄は普通の鋼か?鍔はかなり硬い金属だが、工房にある金属で代用できるか?」


 心配事が出て来るが、まずは朽ちた部位を取り去ろうと、工具箱からタガネを取り出した。スイールが持っていたタガネと形状は同じであるが、材質が違いかなり硬い金属を使用している。

 潰しても大丈夫な剣の柄を万力で思いっきりの力で固定すると、刀身と鍔の境目にタガネを当て、鋼鉄製のハンマーを打ち付ける。


”カーン!!カーン!!カーン!!カーン!!”


 工房にタガネを打ち付けるハンマーの音が響き始める。ラドムが熟練の技でタガネを巧みに操作し刀身と鍔の合わせ目に打ち付けていると、変化が起き始める。

 スイールの力や技術ではお手上げだった、刀身と鍔の境目からタガネが少しずつ食い込み始めたのである。


 さらにハンマーを振るい、タガネに更なる力を与えると食い込み始めたタガネは仕事を徐々にこなし始め、あっという間に鍔が刀身から二つに別れた鍔が床へと落下する。

 そして、”キーン!キーン!”と甲高い音を響かせ、床へを転がり落ちた。


「なんだ、この金属。硬いわ、刃が入らないわ、すごいな」

「さすがラドムですね」

「でもな、うっかり刀身にタガネが当たった時は”やっちまった”って思ったけどよ、見てみろよ、このタガネ。刃毀れ起こしてるんだぜ」


 仕事を終えたタガネを目を凝らしてみるんだと、スイールの目の前に差し出た。

 硬いタガネが何カ所か刃毀れを起こし、先端がギザギザに欠けていた。


「これだけタガネが傷んでいるのに、刀身自体には傷一つ入って無いんだぜ」


 タガネを道具箱に仕舞い込みながらスイールに向かって話すが、その表情はどことなく嬉しそうである。恐らく、未知の物質を触れるチャンスが来たと、喜んでいるに違いない。


「さて、次は柄の部分だが……っと!」


 作業中に刀身がずれないようにと、力いっぱい閉めた万力を緩めて剣を外そうとする。万力のハンドルを力を込めて回そうとするが、なかなか万力が緩まず四苦八苦していた。

 それも一、二分も格闘すれば万力が緩み、無事に剣が外れたのである。


 その万力で挟んであった剣の朽ちかけた柄だが、力いっぱい挟んだ事で朽ちかけた柄が真ん中で真っ二つなるような裂け目が現れていて、今にも剣から外れそうになっていた。

 それを外そうと、ラドムはテーブルの上にV字ブイジブロックを置き、剣をそこに固定した。


 そして、別のタガネを取り出し、ハンマーで思いっきりタガネの尻を叩くと、ぼろっと柄が別れ飛んだ。


 ラドムが一撃で柄を外してしまった事に、スイールは感嘆の声を漏らし、内心で拍手を送った。外れかかっていたとは言え、ラドムの腕は非常に高レベルであった。


「よし、これで全部外れたな。傷も無く綺麗なもんじゃねぇか」


 すべてを剥され、刀身のみの綺麗な姿になった剣をひょいッと持ち上げ、ラドムは惚れ惚れするような眼で眺めて行った。鈍く光を反射する剣はまるで魔性の女性を思わせた。


「綺麗じゃねぇか。一生で何度、こんなのとお目にかかるかのぉ……あっ!!」


 剣の美しさに感嘆の声を漏らしていたラドムであったが、力加減を間違えたのか剣が彼の手から離れて行った。剣の意思なのか、ラドムの疲労が原因なのか、それはわからないが一つだけ、思わぬ出来事が起こった。


 ”キイィィィィーーーーーーーーン!!”


 ラドムの手から離れた剣が、切っ先から床へと落ちたのだ。彼の工房は、作成する武具や道具などから守る様に、硬い石が隙間なく敷き詰められていた。鍛えられた鋼の剣だったとしても、切っ先からその石床に落ちれば欠けるのは必至であった。

 だが、スイールが持ち込んだその剣は、弾かれる事も無く、まっすぐに石床に刺さったのである。


「はぁ?」

「なんですコレ?」


 ブールの街では”変り者”と有名なスイールや、その知り合いのラドムでさえ、それには驚きを隠せず声を上げてしまった。


「やっちまったぜ。刃こぼれでも起きてなきゃいいけどよ、っと」


 そっと、ラドムが剣を引き抜き、恐る恐る剣の切っ先を眺め始め、そして、ホッと息を吐いた。そう、剣には欠けた痕跡は全くなく、床石に剣が刺さった跡が残っただけであった。


「余計な仕事を増やさなくてホッとしたぜ。なんにしろ、今日の作業はここまでだな」

「もう終わりか?まだ午前中だぞ」


 流石のスイールもこの時間から仕事を止めてしまうのは、如何な物かと思うが、ラドムは手をにぎにぎと開いたり閉じたりしてさらに話を続けた。


「仕事をしたくても体が限界だ。この手を見ろってんだ」


 スイールに手の平を見せると、常にプルプルと震えていたのだ。


「これってまさか……」

「そうだ、あの剣の鍔を外すのに、これだけ疲労しているんだ。だから今日は終わりだ」


 スイールに剣を返すと、工房の炉の火を落としに向かった。


「私が持っていろって事ですか?」

「お前さんが持っているのが一番だろうが。明日には完成させるから朝には来てくれよな」


 何もかも納得のいかないスイールをその場に残してラドムは黙々と店仕舞いを始める。

 ラドムの後ろ姿を見てしまえば、それ以上強い事も言えず、剣を細長いケースに仕舞い込むと、宿を求めてラドムの工房を後にするのであった。

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