第四話 父親役としての一歩【改訂版1】
※2020/01/03 第一章 プロローグを追加したために、中間付近にある手紙の文章(『』内)を変更しました。
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どっぷりと日の暮れた街を歩いて、宿屋の近くで食堂に入り夕食を食べる。
スイール一人であれば酒の種類の多い酒場でも良いのだが、さすがに子連れでは何かと悪いだろうと普通の食堂にしたのだ。今から酒場に入り浸る子供になってしまうのも恐ろしいかったのもある。
豪華と呼ぶには語弊はあるが、腹いっぱいになるまで食事を貪るように食べ、エゼルも満足していた。好き嫌いなく何でも食べるエゼルに、ほっこりとしながらも、これからの成長を考えても安堵するのである。
食事を食べ終わると、食堂に入る前にスイールの名で取った宿に戻る。
宿の主人に帰ってきたと、一言二言挨拶をして部屋に入ると、エゼルはふかふかのベッドに飛び込んだ。久しぶりに入ったベッドなのであろう、傍から見れば無邪気な子供そのものであった。
ほほえまし光景に微笑みながらエゼルを見ていると、動きがゆっくりとなり、歩き疲れたのかスースーと寝息を立てて寝入ってしまった。
これはしょうがないとエゼルに布団をかけ、待ち合わせの時間にまだ早いと思いながらも、約束通りに街の守備隊詰所へと向かおうと宿を出る。エゼルが部屋にいるので、ドアの鍵を掛け、念のために部屋に子供が残っていると宿の主人に声を掛けてである。
宿を出ると先程見えなかった特徴のある二つの月が空の上に顔を見せていた。
道路脇の街灯には火が灯され、家路を急ぐ人々の道標となっている。
その流れに逆らうように、スイールは人々の間を歩き出した。
(さて、何か進展はあったかな。何かわかると嬉しいのだが)
夜の帳が落ちる中でひときわ明るい光を放ち街の中で目立っている守備隊詰所に到着した。そして、守備隊詰所の入り口をくぐると、昼間に見知った顔が見えた。
「こんばんは。隊長さんは帰ってるかい?」
スイールは入り口のすぐ側にいた若い兵士に、念のために声を掛ける。
若い兵士はその声の主に顔を向けるが、昼間の事を思い出し不機嫌な顔をする。
「昼間の隊長の知り合いか!!隊長はいつもの席にいるので通ってください!」
「どうもありがとう」
若い兵士はスイールからまた屁理屈を言われるのは無いかと焦って、隊長の下へとすぐに向かっても良いと許可を出す。そして、隊長の下へと向かう姿を見送り、今日の残務処理を終わらせようと机に戻った。
「おう、スイール、遅かったじゃないか」
ジムズ隊長は処理する書類との格闘が終わっていたようで、暇をもてあそんでいた。
事務机の隅にはまだ、書類が山と積まれている。ジムズの目の前には、幾つかの付箋が張ってある書類が一束置かれているのが見える。
「エゼルがベッドで寝息を立て始めたから抜け出してきたよ。まぁ、その前に買い物したり、ピエロが魔法を使ってるのを見て目を輝かせたりと、動き回ったから疲れたようだよ」
「そうかそうか。それなら、朝までぐっすり夢の中ってわけか。それはともかく、お前の言ってた場所を調べてきたぞ」
「あ!ありがとう。で、どうだった?」
スイールの返事を合図に、目の前の書類を手に取りページをペラペラとめくると、渋い表情を見せながら言葉を吐き出す。
「よくわからない事件だ。もしかしたら、この事件は一連の事件と全くの無関係かもしれん。現場にな、いや、現場の崖の上なんだが、争った形跡もなければ、馬の足跡もなく、人の足跡がちょっとついてただけだった。そこに、こんなのが置かれたたんだ。この国では珍しい、羊皮紙だよ」
ジムズが引き出しから取り出した羊皮紙をスイールに投げつける。
「手紙だと思うんだが、誰もこの文字を読めなくてな。手掛かりだと思うんだがなぁ……」
このブールの街があるグレンゴリア大陸では、長い歴史の中で文字は統一されていた。
多彩な国家、人種がいるが、すべて同じ文字を使うのだ、若干の方言はあるが。
スイールが投げつけられた羊皮紙を手に取り、文章に目を通す。確かにこのグレンゴリア大陸の文字ではなく、北の島に住む者達の一部で使われた文字であった。
「何々……」
羊皮紙の文字を一瞥し、翻訳して口に出す。
『我が子をここに残してしまう私達を許してください。あぁ、エゼルバルド。私の可愛い息子……』
「はぁ、なんだって?」
「エゼルは捨てられたようですね、可愛そうに」
辛辣な別れの言葉を聞いて、目の玉が飛び出る勢いでジムズは驚いた。
だが、一つ疑問が生まれた。何故、スイールがグレンゴリア大陸で使わぬ文字をスイールが知っていたのかである。
「何で、これが読めるんだ?」
「いや、知ってるからだけど」
「いやいや、知ってるってなんだよそれ。おかしいだろ。やっぱり、お前は”変り者”だよ、はぁ……」
ジムズは椅子の背もたれに体の体重を預けると、天井を仰ぎ見、手で顔を覆った。
(何で、こいつはこんなに知識があるんだ? 大体、どこで仕入れたんだ、その知識は)
いつもの事だと思うが、それ以上は考えずに現実に向き直る。そして、先程の疑問はすぐに脳裏から消え去ってしまうのである。
「まぁ、その言葉を信じると、お前の保護した子供は本当に親に捨てられたって事か。可哀そうにな。そうすると、お前が育てるって事になるんだな……。よかったな、お・と・う・さん!!」
ジムズはこれ幸いとスイールをからかい始めた。
「お父さん??誰がですか?」
困惑気味にスイールがそれを否定しようとする。
「保護したんだから当然だろ。それとも、ここから叩き出して野宿させるか?今だったらもれなく野垂れ死ぬぞ。そうなったら寝覚めも悪いだろうに」
「なぁ、ジムズ。間違えてもらっては困るぞ。保護する事は確定してたんだ。だが、父親になるつもりは無いぞ、そこを間違えるなよ。第一、料理が適当にしかできん。それじゃ、育ち盛りの子供は成長が止まってしまう。それなら、後ろから成長を手助けするのが一番だろう」
ジムズの意地悪な問いかけに、至極まっとうな答を出す。今のスイールからすれば、百点ではないが、これが八十点くらいの正解であろう。
「そりゃそうだな。子供を育てた事の無いお前だもんな。まぁ、オレもだからお互い様だな。でもよ、なんで羊皮紙に書かれた文字が他の場所の文字だったんだ?おかしくないか?」
ジムズは矛盾点を突いてきた。エゼルの言葉はジムズもわかる大陸共通の言葉であり、現場に残されていた羊皮紙の文字は他方の文字だった。当然、疑問に思うだろう。
「この近辺に移り住んで来たんだろう。それで言葉や文字は大陸共通の物が使えるようになったんだろう。だけど、子供を殺してしまうなんて罪を犯そうとしたんだ。別れの手紙を残そうと思ったが、知られたく無かったんだろうな、きっと」
「あぁ、やはり、その考えに行きつくのか」
スイールとジムズは手紙から幾つかの推測を立てるが、有効な手段は思い浮かばず、幾つかの話しをしあった後、ジムズの業務を終わらせ詰所を後にした。
そして、別れの挨拶をすると、お互い寝所へと帰って行った。
スイールが宿に戻ると、主人はすでに奥に引っ込み、夜間の小間使いがカウンターに座っていた。夜遅くなので、寝入っている宿泊者を起こさぬ様に廊下を進んで借りている部屋のドアをゆっくりと開ける。部屋を見渡すがエゼルが起きた様子はなく、出掛けている最中も目を開けず、寝息を立てていたようだ。
(さて、両親の事をどうやって説明したらいいかな。小さい子供だけにショックは大きいと思うけど……)
スイールもベッドに入りエゼルの寝顔を見つめていたが、いろいろと考えるうちに、いつの間にか夢の中へと落ちていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、いつも通りの日の出前にスイールは目を覚ました。体は意識をせずとも規則正しい時間を刻んでいる。
窓からは、暗い空の中に一筋の光が弱々しく少し入って来始める、そんな時間である。夜が明けるまではもうすぐである。
傍らのベッドを見れば、布団をけ飛ばし、まだ夢うつつのエゼルの姿を見て、ホッと胸をなでおろす。
エゼルがすぐ側で寝息を立て、何処にも行ってない事にである。
いつもの日課……は、街の宿に泊まっているのでさすがに無理なので、朝食を買ってこようと鞄を肩に掛けて、そっとドアを潜って宿の外へと出る。
日の出もまだの時間では、人影はまばらであった。街は営業を開始しているお店も幾つかあり、そこを目当てに早起きをする者達や健康目的で走る者達も目に入る。
その街中から有名だと噂に聞いたお店を見つけ、自分とエゼルの二人分のサンドイッチと新鮮な飲み物を買う事にした。
さすがのスイールもこんな朝早くに朝食を買う事はないので、有名どころなどわかるはずもない。しかし、昨夜のジムズとのやり取りで、守備隊の隊員がよく利用する、有名店を聞いていたのだ。
知らない事は知らないと素直に言えるのも、スイールの凄い所ではある。
目的を達成し、人通りが増えてきた道を宿に戻ると、エゼルが目を覚ましベッドできょろきょろと見渡していた所だった。
「おはよう、エゼル君。よく眠れたかい?」
「あ、うん。なんかすっきりした」
「そうかそうか。じゃ、顔を洗ってきて、朝ごはんにしよう。サンドイッチを買ってきたから、一緒に食べよう」
「うん!!」
元気なエゼルの声に、嬉しそうに微笑むスイールであった。
朝食のサンドイッチを食べ終わりスイールが重い口を開いた。一日が始まったばかりであるが、どうしても話しておかなければならぬ重要な事をである。
「エゼル君、ちょっとお話があるんだけど、聞いてくれるかな」
口元の汚れを拭きながら、”何だろう”とエゼルが顔を向ける。
「実は昨日の夜、君が寝てから守備隊隊長のジムズから話があってね。君のご両親、どうも見つからないみたいなんだ。君がいた馬車の側にもいなかったんだ」
「え、とうちゃん、かあちゃん、いないの?」
「そう、それでね、君をこの街で生活して貰おうと思ったんだ」
「え、えっ!!」
「うん、突然でわからないよね。ごめんね」
「……!?」
「ちょっと落ち着いてからにしよう」
エゼルの空いたコップに残っていた飲み物をそっと注いだ。
(まだ四歳になるかって時に親が消えて一人になったんだ。ショックは大きいよな……)
しばらく、部屋の中を沈黙が支配した。コップを手に取り、一口、二口と飲み物を口に運ぶと、重い口をエゼルが開いた。
「ねぇ、ぼくはどうなっちゃうの?」
何かを察知したのか、もうどうしようもないと諦めたのか、それはわからないが、重い表情をして、頼らざるを得ない目の前の男に尋ねた。
「別に君をどこかへ捨てるとか、遠くへやってしまうとか、そんな事はしないよ。この街で君が生活できるようにしようと思っているだけなんだ。ただ、幾つか問題があってね……」
「もんだいってなぁに?」
泣きそうな顔をしながら、エゼルは首を傾ける。
「君の学校と、私が料理が余り出来ないって事だよ」
「…??がっこうって、なぁに?」
「え、学校も知らないの?学校って同じ歳の子供たちが集まって、いろいろとお勉強するところだよ」
「え、そんなところがあるの?とうちゃんとかあちゃんしかいなかったから、いってみたい」
「あぁ、それなら大丈夫だ。この国は子供たちは学校に行く事になってる。それに学校に行けば同じ歳の子供たちがいるはずだから、きっと仲良くなるお友達もできるよ」
「うん、がっこうたのしみ」
「それと料理なんだけど、あまり自信がなくてね。昨日行った教会のシスターのいる孤児院で君の面倒を見てもらおうと思う。常に君の側にいられないけど、顔を見せに来るし、どう思う。学校は教会のすぐ近くだから通うのも楽なんだよ」
「う~ん」
エゼルはたこ唇で深く考え出し、一つの答えを出したようだ。
「とうちゃんもかあちゃんも、あえないんだよね」
「そうだね」
幼いエゼルにはそれがどんなに厳しい事かと重くのしかかる。表情はやはり暗いままであった。
「よくわからないけど、きのうのおばちゃんのところならいいよ」
「え、そうなの。それなら、私が君が生活できるように手伝ってあげるから、安心していいからね。あとでシスターの所に行こうか」
「ちょっとさみしいけど、がんばるよ。あと、まほうもおしえてよ」
「そうだね。ちゃんと教えてあげるよ」
スイールとエゼルの話はここで終わった。
ただ、エゼルが寂しそうな表情をしていたのをスイールは見逃さなかった。彼の顔を見たスイールは自らの側に置いておけない事と、孤児院のシスターを頼る提案をした事に後悔の念を抱いていた。
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