第三話 魔術師の友好関係【改訂版1】
「スイール、この子供はどうしたんだ。お前の隠し子が出てきたのか?」
この街の守備隊隊長をしているジムズは、屁理屈でいつも言い負かされているスイールに向かい冗談混じりで話を振る。
「おいおい、君は私を”変り者”ではなく”無節操者”とでも言いたいのかい?今日は真面目な話をしに来たんだがな。それとも何か?私がこんな昼間に相談を持ち込んではいけないのですかね?」
”ムッ”と不機嫌な表情を見せながら、”真面目な話なのだが”と、もう一度言葉を出そうとしたが、ジムズから出た言葉を聞いて喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「ははは、ごめんごめん。いつも、ああ言えばこう、とか、答えに困るような話をするからお返ししただけだよ。で、話ってのは、その子供の事だろうけどさ。いったい、どうしたんだ?」
色々と街中のトラブルと解決している守備隊隊長である。経験からの起点もあるだろうが、頭の回転はかなり早く目についた子供に興味を持ったようだ。
街の守備隊長とは言え、若くしてその地位に就いただけのことはある。その男が優秀で無い訳がない。
とは言え、この”変り者”が真昼間に見慣れぬ子供を連れて街の守備隊隊長を訪ねて来たのだ。予測するなと言われても、出来ぬ相談なのだ。
「そうそう、この子の事なんだよ」
近くの椅子を二つ拝借し、スイール自らとその子供、エゼルと共にジムズの事務机の前に腰掛ける。
「実はな、今朝の事なんだが……」
スイールは今朝の事を詳細に大げさに身振り手振り交えて説明して行く。その説明は長い時間かかり、ジムズがそろそろ飽きて来るかと思うまで続いた。
そして、説明を聞き終わると、ジムズはわずか十数秒であるが、目を瞑って腕を組み、何かを考える。
そうして、何かを思い出したかのように目を見開くと、乱雑に山と積まれた書類の中から、いくつも付箋がはみ出た書類を一束を掘り起こし、表紙の題名を確認してからスイールへと投げ付けてきた。
「最近、商人や旅の馬車が襲われて殺されたり、馬車を奪われたりする事件が続発しているそうだ。今朝、オレの所に書類が回ってきた。部下がすでに巡回しているが、オレも辺りを見回ろうと考えていたところだったんだ。既に被害にあった後かもしれんな。困った事になったなぁ」
何やら
「まず、その子を見つけた辺りを重点的に調査してみることにするか。大至急な。それで、その子はどうするんだ?まさか育てるなんて言わないよな」
ジムズが机に乗り出して頬杖をついて、スイールに尋ねる。結婚すらしていない彼に子供を育てる甲斐性などある訳も無いと決めつけていた。
スイール自信もそれがわかっているようで、背もたれに全身をゆだねて、困ったそぶりで答える。
「そう、そこが一番の問題点なんだよ。この子の両親が見つかれば、それに越したことはないが、見つからないとしたときにどうすれば良いかわからなくてね。この歳まで独り身なんだ。子供の育て方なんかわかるはずがないだろ」
エゼルは目の前で自らの事を話す大人に困惑する。だが、心配してくれているのがわかっているのか、大人しく耳を傾けていた。
「う~ん、そうだなぁ。お前さんが薬を卸してる教会に孤児院があるのを知ってるだろ。そこの神父かシスターに相談してみたらどうだ?きっと力になってくれるはずだぞ」
迷子の保護も守備隊の仕事の一つである。その時はどうするかと言えば、この詰所には子供の一時預かり所などある訳も無く、周りの孤児院に協力し預かってもらっているのだ。
その一つが、先程話をしたスイールが薬を卸している教会であり、そこの神父とシスターが子供を預かってくれているのだ。
その境界には孤児院があるとスイールは知っていたが、それにすがって良いのかと躊躇していたのである。
「そうする他はないか……」
「それは相談してみろ。で、その坊ちゃんがいた馬車の件はこちらで調べてみるよ」
スイールとの話を一旦打ち切り、連れてきた子供へと向き直り声を掛けた。
「ところで、坊ちゃん。オレはここで一番エライ、ジムズって言うんだ、よろしくな。この街を守っているんだ。それで、君の名前は言えるかな?」
大人から見れば怪しい笑顔だが、本人は思いっきりの笑顔、--をしたつもり--で、名前を尋ねてみた。ところが、帰ってきた言葉は名前とは違う事柄であった。
「おじちゃんって、ここでいちばんエライの?」
「あのね、まだ、お・じ・ちゃ・んって年齢じゃないんだけよ。おにいちゃんって呼んでくれるかな」
既に三十代も後半の年齢であり、おじさんと呼ばれても不思議でない年齢になっているにも関わらず、子供の言葉に本気で反応するジムズ。こめかみに青筋を立てて怒りを表すが、スイールからは大人げない態度を取っていると呆れた表情を向けられた。
「ぼくはいつもエゼルって、かあちゃんからよばれてるよ」
おじちゃんでもいいやと可愛い笑顔振りまく姿を見て半ば諦める。すると、子供の口からスイールに告げた言葉を同じようにジムズにも答えた。
その言葉を聞いて、守備隊隊長ジムズは、迷子などを多数保護してきた経験から、他の質問をしてみようと思い立った。
「でも、それはお母さんに呼ばれていたんでしょ。本当はなんていうの?ほらお父さんとか、近所の人とか、他の人から呼ばれたりしてるでしょ」
エゼルは可愛い顔で考えるそぶりを見せる。
「んん~……、とうちゃんは、【エゼルバルド】ってぼくをよんでたよ」
「エゼルバルドか。お父さんとかお母さんの名前はわかる?」
エゼルはまたもや考え込み、
「うん、わかんない」
満面の笑顔でエゼルが答えた。
「しょうがないかぁ。じゃぁ、エゼル君のご両親はこのジムズが探すから、後はスイールと街に遊びを見てくると良いよ。また今度ね」
おじさんスマイルをエゼルに向けながら頭を”ごしごし”と撫でてから、スイールに向き直りさらに続ける。
「それで、スイール。今日は街に泊って行ってくれ。現場には調査隊をすぐにでも行かせるから。夜には何かわかるはずだ」
「しょうがないな。分かった、また後で来る。それで、その泊まるときの料金はそっち持ちでいいんだろう」
いつものスイール節が炸裂した。そちらがお願いするのだから当然費用は守備隊で持ってくれるよね、と。
「はぁ、わかったよ。後で経費で落ちるようにしておくから証拠を持ってこいよ。今日はちゃんと泊るんだぞ」
「じゃ、当てにしてるよ。行こうか、エゼル君」
「うん!!」
「いいか、高い宿に泊まるなよ。そんな事をしたら払わないからな!」
”わかってるよ”と手を振りつつ、業務に支障が無い様にと次の目的地を目指すのであった。
だが、ジムズへエゼルの事を業務を圧迫して支障をきたしていたのだが、それを説明するのはやぶさかではない。
エゼルの手を引くスイールの後ろ姿を見送ると、守備隊詰所にジムズの声がこだました
「緊急出動だ、調査に行くぞ。三十名ばかり来い!!」
ジムズの檄が飛び、エゼルが見つかった場所の調査へと出かける準備が開始されたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイールがエゼルの手を引きながら街を歩き回り、守備隊の次に訪れたのは街の中央から西へ少し歩いた場所にある街の教会だった。
スイールがいつも薬を卸しているお客でもあり、何かと会話をする馴染みの場所でもあった。協会では信者に対し、魔法による簡易治療や薬の販売が行われており、スイールは薬の売り上げの大部分を依存していたりするのだ。要するにスイールにとってはお得意さんでもあった。
「こんにちは~、神父かシスターいる~?」
教会の正面の大きな扉を開けると大声を上げる。扉を開ければすぐに教会の大きな礼拝堂になっており、一段上がった檀上ではありがたい解説をしていた神父が声に反応し頭を抱え、スイールよりも大きな声を上げて叫んだ。
「あ~も~!!スイールさん!午前中は教義のありがたいお話の時間だといつも言ってるでしょう。何か用事があるなら裏手の母屋にいるシスターを呼んでくださいよ。まったくもう……ぶつぶつ……」
神父はこの”変り者”が苦手であった。自分には我関せず、自分の都合でしか動かない、さらに説明をしていると屁理屈で返してくるのだ。
”変り者”と呼ばれている理由がそれであろう事は説明せずとも誰もがわかっているのだが、当の本人は知らん顔である。
「あぁ~、それは申し訳ない事をした。裏手に回る事にする。失礼!!」
首をすくめてから片手を軽く上げて、一言告げてから礼拝堂を後にする。
(腕は確かなんだが、あの性格じゃ無ければなぁ……)
「し~ん~ぷ~~!今日の教義のお話は終わりですか~?」
頭を抱え言葉を失った神父に向け、信者の一人が声を上げた。
「すみませ~ん。続けますね、どこからでしたっけ、あぁ、思い出しました。それでは……」
まったく迷惑な客人であると、神父は思いながらもありがたい教義の話を再開するのであった。
その教会の裏手。神父やシスターの生活の場がある母屋の玄関の前でスイールが声を上げる。
「こんにちは~。シスター!いますか~?」
神父に迷惑がられても、全く悪びれもせずに同じような声を上げる。神父が言ったようにこれもまた近所迷惑であろう。
「も~~、またスイールかね!いつも言ってるだろうに、鐘を鳴らせって!!」
ぶつぶつと文句を言いながら玄関のドアを開けてシスターが顔を出してきた。
「シスター、孤児院に用があるんだけど」
「珍しいね、お前さんが孤児院に用があるのは……って、それはお前の隠し子かい?」
スイールの耳にはもう何回も聞いている
「あの~、シスターまで言いますか?先ほどジムズにも同じ言葉を言われたばかりですよ。隠し子でもありませんし、子連れの妻を娶ったのでもありません」
「あれれ、言われちまってたかい。それは残念だ。で、この子供は何なんだい?」
「残念って、何が残念なんですか。今度じっくり聞かせてもらいましょう。それよりも……。ほら、シスターだ。挨拶できるかな?」
エゼルの背中を軽く叩くと、シスターに向かい頭を下げる。
「エ、エゼルです」
初めて目にする人だが、何となく人が懐きそうな人だと感じ、どもりながらも元気よく挨拶する。
「それでこの子の事でお願いが……」
「立ち話もなんだ、中に入っとくれ。まぁ、薬やなんだでいろいろ世話になってるからね。話くらいは聞いたげるよ」
少しだけぶっきら棒な話し方でスイール達を応接間に案内した。根はいい人なのだが、話し方でだいぶ損をしている。
………
……
…
「保護したって?しかも馬車から。で、その馬車をジムズが調査しに行ったと、なるほどね」
大げさな身振り手振りをしてかなり驚いていた。
「で、この子を育てるのをどうしたらいいかって事か」
スイールの隣で、コップを手に取り極々と遠慮なくジュースを飲んでいるエゼルを眺めた。
「そうなんだ。保護した手前、無関係のままって事も無理だし、育てるにしても知識が無い。孤児院に、シスターに、協力して貰えないかなって思ってね。力になってくれないか?」
突然訪ねてきたスイールの話を聞いて、どうするかと無言で考えを巡らせる。全てを一手に引き受けるのは簡単だが、ただ引き受けるのはどうかと考える。
そして、わずか数秒であろうが沈黙が応接室を支配した。
沈黙の後、シスターが一つの提案をした。
「しょうがないね。この子の親が見つからないときはウチで面倒見るよ。ただし、ちょっとは薬の代金を勉強してほしいけど、どうだい?」
「それは構わない。そんなことでよければ」
「それじゃ、その子が納得したらウチに連れてきな。同じくらいの子供たちが何人かいるから、友達には困らないとは思うよ」
「ありがとう。さすがシスター話が分かる。しばらくはこっちで何とかする。また遊びに来るよ」
「あんまり無茶だけはしないでくれよ」
物わかりの良さに、少し心配そうな顔をして、孤児院を後にするスイール達を見送る。
(大丈夫かねぇ。すぐ戻って来そうな気がするけど)
その心配事はすぐに現実のものになるのだが、シスターは予想すらできなかった。
シスターと別れたスイール達は、その日の宿を確保して街の中を見て回りながら、エゼルの事を聞くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日が傾き始め、城壁のてっぺんまで太陽一個分と迫った頃、街の片隅では旅の大道芸人が場所を借りて芸を披露している。その傍らには”本日の芸の一覧”と記された看板が立っている。
白い化粧に真っ赤な鼻のピエロの姿。コミカルに動き、水玉模様のダブダブの服を着ている。玉乗りをしながら、ジャグリングはお手の物だ。
玉から降りてパントマイム。歩き回るが、何もない場所でで壁にぶつかり鼻を押さえて痛がるそぶりを見せる。
そして、数本の松明に魔法を使って着火する。
真っ赤な火がついた松明でジャグリング始める。くるくるとジャグリングをした後に一本の松明を口に近づけ、”ぶぅっ!”と息を吹きかけると空に炎が吹き出した。
一連の芸が終わると、大道芸人は深々と礼し、そのままの格好で固まっていた。手にはシルクハットが逆さまに握られて、いかにもチップを要求しているのがわかる。
見ていた観衆がそれぞれ、幾つかの銀貨等のコインを大道芸人の帽子に投げ込んで帰って行く。もちろん、スイールも数枚の銀貨を帽子に投げ込んでた。
その一連の流れの中で、大道芸人が松明に火を付けた時、エゼルの表情が今まで以上に輝くのを見過ごしはしなかった。街中の店に興味を持たなかったが、魔法がとても珍しかったようでらんらんと目を輝かせていた。
(生活の魔法なら誰でも使えるんだけど、エゼルは見たこと無いのか?)
ふと浮かんだ疑問をエゼルに聞いてみた。
「ねぇ、エゼル。魔法って今まで見たことないの?」
スイールは膝を曲げて、エゼルの顔を覗き込んで声を掛ける。
「…?”まほう”って、なぁに?」
「魔法を知らないの?さっき、ピエロさんが松明に火をつけてたでしょ。お父さんやお母さんが使ってるのは見たことないの?生活するために必要なんだよ。薪に火をつけるとか、暗いところで明かりをつけるとか」
「え、しらないよ。そんなことしてるのみたことない」
(う~ん……)
考えに考えた末、一つの答えを口にした。
「よし、今日は無理だけど、今度、魔法を教えてあげよう。安全な魔法からがいいな。その前に、今日の夕ご飯を食べに行こう」
「やったぁ!!おじさん、ありがとう!!」
(おじさん、ねぇ……)
満面の笑みを浮かべて喜ぶエゼルを見れば、おじさんと呼ばれても良いかもと許してしまう。
それに、ジムズがおじちゃんと呼ばれていたが、自らの姿も同年代だと思いだし、スイールは苦笑するのであった。
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