太陽の下へ
「ココ君、それじゃあよろしく頼んだからね。事件のことも何か分かったらすぐに連絡する」
ココノアとウーヴァがアメシストへ戻る準備を終えた時、セジャは彼女をぐいと引っ張って耳打ちをした。
「火には特に気を付けて。それと、地の居場所は結局分からなかったし、くれぐれも無理しないでよ。代替案も用意してみせる」
出るまでに何度も聞かされた話しに、ココノアは笑いながら素直に頷いた。
二人が内緒話をしている間、ウーヴァは出入り口の二重扉にへばりついている。出入り口はちょうど土に埋まっている部分なので、幾ら目をこらしても土しか見えないし、海も見えない。
「とりあえず、予定通りに動くよ。カトラスさんたちの予定次第ってところもあるけど」
「了解。その辺りの調整はココ君に任せるよ」
ひそりとした話を終わらせたココノアが体を伸ばした。水晶を挟んで土と睨めっこをしているウーヴァを呼ぶ。
「ウーヴァ! そろそろ出るからおいで!」
行きと違って帰りは荷物があまりない。
ウーヴァは軽くなった体を跳ねさせてこちらへ駆けてくる。
「ココちゃん、ココちゃん。井戸、見えねえ」
「中から見える位置にはないからね」
ココノアが笑って首を傾げると、ウーヴァも同じように顔を傾けた。二人の後頭部から垂れる髪束がばさりと揺れる。
「ああ、井戸って昇降機のこと? いつか大きな荷物を運ぶ時はウー君も一緒に乗せてあげようかなー」
「しょーこきー?」
話の内容が分かったセジャがからりと笑って人差し指を天井に向ける。
「昇降機。その井戸で物を上へ下へと運んでる機械のことね。そのうち大きな物も運んでもらうこともあるだろうし、ま、その時を待ってて」
ウーヴァはセジャの「その時」を期待して目を輝かせる。
記憶が食われている影響か、元からの性格なのか。様々なことに興味を向けるウーヴァにココノアは僅かに笑んで、もう一度彼を呼んだ。
「ウーヴァ。帰ろうか。久々に太陽の下だ」
「――それで顔にそんな傷をこしらえて帰ってきたってわけか」
宿スミレの食堂で特大のサンドイッチを頬張りながら、ココノアは頷いた。隣では彼女の倍の量を食べるウーヴァが大人しく座っている。
「この僕に怪我をさせるなんて、なかなかの瓶だったよ」
分厚く切ったパンにレタスにトマト、とろけたチーズに小指の幅は優にあるベーコン。ちょうどいい塩気に対する甘めのソースが口の中で上手く混ざり、ココノアは喉を大きく開けてごくんと飲み込んだ。
「そのことでジェードから連絡があるかもしれなくて」
ふーと息を吐いたココノアが体を背中に倒す。カウンターの椅子に背もたれはないが、彼女の真後ろにはツィーネという背もたれがぴったりと立っていた。
「僕は家にも帰りたいし――」
汗のかいたグラスを持ち上げ、水の中に入ったレモンをマドラーで潰す。爽やかな匂いがふわりと鼻腔を満たす。
「カトラスさんとマチューテさんが帰ってくるなら頼み事もあるし――」
レモンの風味をごくごくと飲み、テーブルに置く。もう一切れのサンドイッチを手に持って背もたれから体を離した。
「この後も二日は眠ることになるだろうから、もし僕がいない時になにかあったら代わりに聞いておいてくれる?」
ココノアが大口を開けてサンドイッチにかぶりつく。はみ出たチーズとソースがべちゃりとテーブルの上に落ち、それ以上の氾濫を予期して「んーっ」と慌てて皿を手前に引き寄せた。
「ジェードじゃあクアルツも使ってないだろうよ。それなのにか」
ダイダが差し出した布巾をツィーネが受け取り、落ちたものをさっと拭き取る。そして、口一杯に頬張っているココノアの代わりにツィーネが口を開いた。
「俺のココはジェードに行く前にクアルツを使ってるんだよ。補給しておかないといけないんだ、これからいろいろ動くみたいだからね」
そう言うツィーネは大変ご機嫌な様子で、ココノアの背中から離れない。彼女が水中都市ジェードから帰ってきてからずっとこの調子だ。
口を空にしたココノアが肩をすくめる。
「そういうこと。だから、僕が寝てる間、ウーヴァのことを頼んでもいいかな」
「じゃあ、俺、一人でお出かけしてもいい?」
黙々と食事をしていたウーヴァが口の中を空にしてからココノアを見た。
ココノアは穏やかに笑いながら首をかしげる。
「いいけど……、行きたいところでもあるのかな?」
「さんぽ。セジャちゃんが近所を一人でぐるーっと歩くと楽しいって教えてくれた」
「……迷わず帰ってこられるのかまだ心配なんだけどなあ」
ココノアの笑みに苦味が混ざり、眉間が寄った。
ダイダも同じように「ううん」と呻いたが、すぐにぽんと手を打った。
「そうだ。ならレクトの買い出しを手伝わねえか。目的地があるほうが道も覚えやすいだろうし、いろんな店に寄れば知り合いも増える。まあ重いリアカーは引っ張らされるだろうけどな!」
大声で笑ったダイダがココノアを見る。
ココノアは肯定するように笑った。
「体力ならなんの問題もないと思うよ。……ウーヴァ、一人の散歩はもう少しこの辺りに慣れてからにして、レクトさんの手伝いをしててくれるかな」
「分かった! 俺、重てえのたくさん持てるから大丈夫」
自信満々に両拳を握って揺らすのは荷物を持っているジェスチャーのつもりなのか。もたもたとした動きにココノアとダイダは笑い声を揃えた。
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