共に眠る

 ココノアはベッドの上で目を開いて天井を見つめていた。

 彼女が押さえていた男は、やはりというべきか、ほぼ即死といった状態だったそうだ。最初に捕らえた男は連行されていったが、黙り続けているようで事件の詳細は未だあの混乱の中に置き去りだ。

『明日には帰ってこられるのかな、俺のココ』

『難しいかも。せめて顔の腫れが引くまではこっちにいた方が良いって言われたよ』

 頬のガーゼに触れる。痛みも腫れも残っているが、周りが心配したよりは遥かに落ち着いているようだった。

 彼女が覚えていた車体番号や、逃げた一人の背格好を警官隊へ伝え、何があったのかをウーヴァの分までしっかりと話し終えた時にはもう夕食の時間だった。

『面倒事に首を突っ込んじゃったよ。大人しくしてればよかった』

 ぺたんこの腹の上で指を組み、ふーっと長く長く息を吐く。肺を空っぽにしてから、ゆっくりと時間をかけて息を吸い込んだ。

 アメシストの商の町では用心棒として働いているためか、トラブル自体には慣れっこである。こうやって何かあった時に首を突っ込んでしまうのは人のいい性格であり、悪い趣味でもあった。

『帰っておいでよ、俺のココ』

『そうしたいのは僕もだよ』

 肺にはちきれんばかりの空気を詰め込んだココノアが目を閉じ、息を止める。圧迫感を感じながらゆっくりと数を数え、思考からツィーネを追い出した。

 一、二、三――

 夕食は食べる気にならず、水をたっぷりと飲んだだけだったが空腹は感じない。食べたほうが良いとは言われたが、どうしても手が動かなかった。

 十二、十三、十四――

 思考は落ち着いていて、目を閉じたからといって事件を思い出してしまって眠れない、というわけではない――と、ココノア自身は思っていた。ただただ眠りたくないだけだ、と。

 二十三、二十四。

 ぶは、と口を大きく開けて息を吐き出した。

『ココ?』

『ツィーネ。ごめん。もう寝るよ』

 静かな心にそっと言葉を浮かべながら、ココノアは体を起こした。医務室の固いベッドの上で背中を伸ばす。

『そうだ、ツィーネ。お願いがあるんだ。僕がそっちに帰ったら――』

 ココノアが裸足で床に立つ。仕切りのカーテンをシャーッと滑らせると、隣のベッドでは窮屈そうなウーヴァが寝転がっていた。ココノアと離れたがらなかったため、こうやってベッドを貸してもらったのだ。そのウーヴァのもう一つ向こうではセジャも同様に眠っているはずだ。

「ん……。ココちゃん?」

『一緒に寝てほしいな、ツィーネ』

 音で起きたらしいウーヴァに控えめに笑いかけ、彼のベッドに腰掛けた。寝ぼけた様子のウーヴァの手を探り、ぎゅっと握る。

「ウーヴァ。僕が眠るまででいいから、手を握っててくれないかな。なんだか……すごく、寒いんだ」



「はーい、おはよー」

 セジャがシャッと勢いの良い音をたててカーテンを開き、そこの光景に目を瞬かせた。

 ココノアはベッドに眠っているが、その彼女の足元にウーヴァが座ったままうつ伏せになって眠っている。

「……んん」

「ココ君? ええと、ウー君もいるけどどういう状況なの、これ」

「ううん……おはよう。――ちょっと、眠れなくて……。ふわあ、僕が寝たらベッドに戻っていいって言ってあったんだけどな……」

 目覚めたココノアが目をこすり、頬の腫れにうっかり触れてびくりと体を揺らした。熱を持った頬はまだ火傷のような痛みがある。

「まだ痛い? 見た目はかなり落ち着いたけど。朝のうちにまたアカの人が見に来るから少し待っててよ」

「昨日よりはかなりましだよ。――ふああ、ウーヴァ、起きて。おはよう」

 ココノアが突っ伏しているウーヴァの肩を揺らすと、彼はぱっと目を覚ました。すぐに体を起こした彼は大きな緑の瞳を瞬かせ、ココノアの顔を見上げる。

「ウーヴァ?」

「ココちゃん、大丈夫?」

 心配そうな目を見つめ、穏やかに微笑む。

「よく眠れたよ。昨日はありがとう」

 そう言いながらココノアが髪をまとめようとして、手首に髪留めがないことに気付く。手を離すとはらりと髪の毛が肩に落ちた。どこで外したっけ、と昨夜のことを思い出そうとしていると、小さなテーブルに置いてあった髪留めをセジャが摘んでウーヴァに渡した。

「それじゃ、私はもう少しやることがあるから。昨日のと同じところで朝ご飯も食べて、ここで暫く待っていて」

 セジャが部屋から出ていくのを見送り、ココノアがウーヴァに手のひらを向けた。髪留めを渡してもらおうとすると、彼はこてんと首をかしげる。

「ココちゃん、髪は触ってもいい?」

「かまわないよ」

 何も思わずそう返すと、心の奥にぷかりとツィーネが湧くのを感じた。

『俺が嫌だって言わなかったら、俺のココは嫌だって言ってくれないんだね』

『……次からは断るよ』

 ココノアはそのままツィーネの相手をしながら、あぐらをかいて自分の足に肘を突いた。ウーヴァが彼女の髪を結ぼうと頑張っているのを感じながら、目を閉じる。

『ツィーネ。そっちに戻ったら何をしようか』

『何をしてくれるのかな、俺のココ』

 僅かに唇の端を持ち上げ、そっと笑顔になったココノアは首を傾げた。後ろで「ココちゃん、動かないで」とウーヴァが言っているが、彼女は聞いていない。

『好きなだけ僕にクアルツを注げばいいよ。溺れるくらい、息が出来ないくらい。君が満足するまで好きにしていいよ』

 顔を少し伏せたココノアが小さく息をつく。

『そうしたら、その間は、僕は君だけのものだ。ツィーネ』

『そうして、俺が隣で眠ればいいんだね、俺のココ』

 髪がぴっと引っ張られ、ココノアが「いててて」と意識を目の前に戻す。そして、ずっと喋ってくれていたらしいウーヴァのお喋りの内容を特に理解しようともせず、適当に相槌を打った。

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