水晶とクアルツ講座

「おはよう、ココ君。お目覚めどう?」

「おはよう。昨日はごめん。気付いたらベッドの上だった」

 今朝、きちっと約束どおりに起きたココノアはウーヴァとツィーネを引き連れ、セジャがいる二〇一号室へ来ていた。

「ま、いつも通り散らかった部屋だけどどうぞ」

 セジャの部屋は壁という壁に本棚がもたれかかり、そこには大量の本が詰め込まれていた。それだけでは飽き足らず、足元には書類ケースが転がっていて、大量の紙がつっこまれている。

 ココノアの部屋とはまた異なる乱雑さに、思わずウーヴァが「うわあ」と声を漏らす。

「ウー君、片付けが大好きなのはココ君から聞いたけど、触らないでよ。私はココ君と違って何がどこにあるのかきっちり覚えてるんだからね」

 ウーヴァはそわそわと落ち着かなさそうではあるが、ココノアに次いで靴を脱いで部屋へあがった。

「今回、ウー君も来てくれるっていうから荷物を少し増やしたいんだけど大丈夫?」

「持ち運べる量なら大丈夫だよ」

「それなら良かった。これがリストね」

 セジャから一枚紙を受け取り、ココノアが目を通す。毎回貰う運搬物のリストだ。

「幾つか試作品を持って帰ろうと思ってさ。ここの三つが試作品ってことで重量があるんだよね。持ちやすいように箱に入れたりはするし、までは車を借りたけどさ」

 彼女はリストを指しながら説明をしてから床から紙を拾い上げた。

「で、これが明日の行動予定表。ウー君! 字は読める? 一応共通言語で書いたけど」

「じ?」

「これが読める?」

 セジャが指さしたところをウーヴァがつっかかりながらも声に出して読む。その様子にココノアは満足気に頷いたが、セジャは彼の様子や読み方で「意味が分かってない単語が幾つかあるね」としかめっ面になった。

行動予定表をテーブルに置いたセジャは明日の集合時間やそれぞれの役割、予定される時間や向かう場所などを口頭で説明していく。ウーヴァが分からない部分は分かりやすい言葉に言い換えたりとしている。

「こんな感じだね。ウー君分かった? もしはぐれた時はこれを見て、私たちがどこにいるのか検討をつけるんだよ。ジェードは外とはちょっと雰囲気が違うし戸惑うかもしれないけど、緊張するような場所でもないし冷静に対処してね」

 何度も頷いたウーヴァは貰った行動予定表の角をきっちりと合わせて折る。

「ジェード、どんなどこ?」

「水中都市ジェード、またの名を科学都市。巨大な水晶で覆われてて、海の中にある町っていうと一番簡単な説明になるかなー」

「海の中に?」

 ウーヴァが顔を上げ、不思議そうに眉を寄せる。ココノアは別の資料を読みながらセジャの続きを口にした。

「海の底に繋がった階段があるんだ。水晶と海を通して見るから太陽がきらきらして見えるところだよ」

「きらきら……!」

 ジェードに向けて夢をふくらませるウーヴァの横でツィーネが「俺もココと見に行きたいよ」とつまらなさそうにぼやいた。

「ツィーネは来ねえの?」

「行けるものなら行きたいものだよ、俺のココが行くんだから」

 ツィーネはそれ以上の説明をする気がないのか、地図を確認しているココノアの背中に立って彼女の手元を覗き込んでいる。ココノアは自分が話し終えた時点で他のやりとりを聞いていないのか何の反応もしない。

 セジャは仕方ないとでも言うように笑ってウーヴァに向かい合う。

「ジェードはクアルツを完全に排除した町だからね。チー君だけじゃなくて、精霊はみんな入れないよ。クアルツが注がれた水晶だって原則は持ち込み禁止」

「なんで?」

 彼女は次の資料をココノアに手渡してから、本が積み重なったテーブルの端にあった木箱を持ち上げた。蓋を開けると細長く加工された水晶があり、それをつまみ上げてウーヴァに差し出す。

「ちょうど昨日クアルツを補充してもらったところなんだよね。これは火のクアルツが注がれた水晶ね。握ってみて。少し温かいでしょ」

 ほんのりと熱を持つ水晶に驚いたウーヴァは目をぱちくりさせて、透明な水晶の角を親指と中指で挟んでまじまじと見ている。明るい窓に透けてみても熱の色はなく、吸い込んだ太陽光を虹色に反射させるばかりだ。

「水晶にはクアルツを閉じ込めておけるんだよ」

 セジャはウーヴァから水晶を返してもらい、それを焜炉こんろのくぼみにはめ込んだ。そこに手をかざすと水晶が反応して薄く光を放つ。

「なんで閉じ込めておけるかっていうと――うーん、クアルツは水晶と通り抜けられないから、かな。中に入っているクアルツは勝手に放出されることはないし、逆に外にあるクアルツが自然と水晶の中に入っていくこともない。水晶がクアルツを通せんぼしてるんだよね」

 焜炉がカチカチと小さな音をたてる。セジャがかざした手を右に動かすと、焜炉にぼっと炎が灯った。手を左右に揺らすと、それに合わせて炎が強弱に揺れる。

「その特殊な性質を利用して、人間は自分たちでもクアルツを使えるような仕組みを生み出した。一般的な手法だとクアルツが入った水晶に圧力をかけて、その時に少量の――って難しい話はいっか。とにかく、人間は精霊の力を昔から借りて便利に生活してるんだよ。……水晶の中にクアルツを注げるのは精霊にしか出来ないし、それをどうやっているのかは精霊にしか分からないんだけど……。それを説明出来る精霊には出会ったことがないね」

 セジャが水晶を軽く叩くと焜炉の炎が消えた。水晶をくぼみから取り出し、再びウーヴァに手渡した。

「人間に出来るのは水晶に注がれたクアルツをどうにか取り出すことだけ。これみたいに機械にはめ込んで使う必要がある。で、そんな便利な水晶だけど、ジェードみたいな町一つを覆ってしまう大きな水晶は機械にはめ込めないね。だから、クアルツが中に入ってしまうと……」

「クアルツが出せねえんだ?」

「そう。ウー君はなかなか賢いね。ま、実際はジェードの中にも多少のクアルツはあるんだけどね。精霊が外から面白半分でクアルツを注いだり、私たちみたいに出入りする人間が纏っている分だったり」

 ひょいと肩をすくめたセジャはツィーネの方を見上げる。

「精霊はクアルツから出来てるんだし、意図すれば水晶の中にだって入れるかもしれないけど出られなくなる可能性も高いね。――チー君。精霊ってのは中に閉じ込められたって出られる?」

 ツィーネは目を細めてにっこりと笑い、我関せずのココノアの髪に頬を寄せる。

「精霊自体は水晶に拒絶されるし、無理だろうね。試したことはないけれど」

「だ、そうだよ。だから、チー君はジェードには来られないってわけ」

 ウーヴァは頷きながら、水晶をぎゅっと握ってみる。仄かに温かいそれはじんわりと体温に混ざっていき、心地よさにうっとりとなる。

「ってことで、ジェードはクアルツに頼らない生活をしてるんだよ。――ココ君! もっとウー君に必要なことは教えてあげなよ! 何も知らないのを承知で連れてきたんでしょ。責任持たなきゃ!」

 セジャの水晶とクアルツ講座がココノアへの説教へ脱線した。ココノアは曖昧に笑いながら「ごめん」と言うだけで反省した様子はない。現に、彼女はすぐに手元の資料を指差して話を変えた。

「セジャ。ここって?」

 真っ黒に塗りつぶされた箇所だ。

 セジャはそれを見てからひらりと手を振った。

「そこはジェードについてから説明するよ。まだ未確定でさ」

 ツィーネはあからさまに嫌そうな表情を作ったが、セジャはそんな彼に「ま、簡単な仕事になると思うよ」と愛想笑いを浮かべた。

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