刺す蜂
ウーヴァの蹴りが入ったと同時、ココノアは合わせて地面を蹴っていた。それでも衝撃がゼロになるわけではなく、重い痛みが脳に這い上がってくる。
背中から地面に衝突したココノアはそのまま転がるようにして体勢を整え、膝を立てた。
「油断禁物、――っと!」
追撃。
慌てて立ち上がったココノアが上体を反らしてウーヴァの手から逃げる。
『いてて。覚えてないとはいえ』
彼の側面に周り、背中のベルトを掴んだ。ぐっと自身を引きつけ密着する。
『かなり訓練されてる、かな』
ウーヴァがココノアを掴み返す。ココノアは力負けする前に足を払おうとしたが、彼は無理のある体勢で彼女を振り払った。
「どんなっ、力で……!」
思わずココノアが呻く。ベルトから手が離れ、また距離も開いた。彼から伸びてくる手を甲で叩き払うが、もう一方の大きな手が彼女の肩を掴んだ。そのまま雑草が生い茂る地面に押し倒される。右肩にかかる重さに、ココノアの表情が歪んだ。
『ココ!』
『僕が負けるとでも!』
ツィーネに対して強気な言葉を返したココノアだが、彼の重い手は掴んでも動かない。
「ココちゃん、さよならさせねえよ」
ココノアが歯を食いしばりながら、強引に唇の端を吊り上げた。
「それは、どう、かな――ッ!」
ウーヴァが右手に拳を作っているのが見える。そして、酷い形相をしたツィーネがクリスタル化するところも。
ココノアは息を吐く。同時に体内に溜め込まれたクアルツを一気に開放し、自身が倒れている地面に注ぎ込んだ。
「ツィーネ! 手を出さないで! ――ウーヴァ! 君の負けだ!」
クアルツを得た地面が蔓のひょうなものを吐き出した。土で出来たそれはウーヴァの腰や腕に絡んで、強引にココノアから引き剥がした。
「うわっ。なんだ、これ」
「ツィーネと契約した僕が扱えるクアルツ」
ココノアが右肩を押さえて体を起こすと、土の塊は力を失ってばらばらと崩れ落ちた。
後ろ向きのでんぐり返しをさせられたウーヴァが頭を振ると、金色の長い尻尾から湿気た土が落ちる。
「ツィーネは土の精霊だから、こういう場所はすごく操りやすい」
『ツィーネ。もう少し、ウーヴァと二人にしてくれないかな』
ココノアは目の端でツィーネが黙ったまま消えるのを確認してから、左手を持ち上げた。地面と水平に掲げた左腕を合図に、ウーヴァの足元が揺れる。立ち上がったばかりのウーヴァがふらつき、そこへココノアは駆け込んだ。ウーヴァの腕を掴み、彼の胸元へ肩を入れる。
「――ココちゃん?」
「はい」
にこやかに返事をし、ココノアは体に力をこめた。クアルツでウーヴァの足元をぐいと持ち上げさせ、肩から彼を投げて地面へ叩きつける。
ウーヴァが背中をぶつけ、肺から空気を押し出した。
「さよならだなんて言ってごめんよ。冗談だ」
ココノアはウーヴァをまたぎ、彼がまた起き上がって自分を押し倒す前に人差し指を立てた。高い位置から、何か言おうとした彼の口を塞ぐように。唇へ触れるように緩やかに指先を動かす。
「君にやる気を出してほしかっただけだ。――それとも、君はお人形さんみたいに動かない僕の方がいいのかな」
お利口に口をつぐんだウーヴァが左右に頭を振るので、ココノアは満足気に頷いて彼に手を差し伸べた。自然と伸びてきた彼の手を掴み、引っ張って座らせる。
「さよなら、しねえ……?」
「君があれだけ動けるな、らさよならしなくていいよ」
ウーヴァは手を離そうとしたココノアの手を掴み返し、自身へ引っ張り込んだ。座ったままとは思えない力強いそれに、ココノアはあっさりと膝を折って彼の腕の中に転がり落ちた。
「ココちゃん。痛いことしてごめん……。さよならしねえで……」
『……俺のココはいつまでそうやってるつもりなのかな』
ツィーネの尖った声がウーヴァに重なるように聞こえ、ココノアは慌ててウーヴァの胸を押す。しかし、彼は腕を緩めないし、罪悪感や寂しさを埋めるように頬を彼女の頭にすりつけている。
「ウーヴァ。あの程度なんてことないし、さよならもしないよ。僕こそ酷いことを言ってごめんよ。痛くなかったかな」
ココノアがなだめるように言い、もう一度力をこめる。しかし、ウーヴァは離さない。
「……ええと、ウーヴァ? 離してくれないかな……?」
もぞもぞと動いたココノアが諦めたように力を抜いた。額を彼の肩に乗せる。
『ツィーネ。もう少しだけ許してくれないかな。僕も酷いこと言ったんだし――』
『許さないよ、俺のココ』
柔らかい願いを無残にも切り裂くような声が湧き、彼女は目を閉じて冷たい溜息をつく。
ツィーネが他人に嫉妬してクアルツを酷く乱暴に高めていくのは今回に限ったことではない。ココノアがあまり深い関係の友人を持てない理由の一つを久しぶりに思い出し、ウーヴァをもう一度強く押す。
「ウーヴァ。とにかく離して。ツィーネも落ち着いて――」
「――俺のココに、触るな」
「痛っ!」
人型となったツィーネがウーヴァをつかもうとした瞬間、そのウーヴァが小さな悲鳴をあげてココノアから手を離した。ツィーネがすかさず彼女を掴んで引っ張った。
「……どうかした?」
ココノアはウーヴァに問いながらも、ツィーネを落ち着かせようと彼の手の甲を撫でた。
「痛え……。ちくっとした」
「虫かな。ウーヴァ。見せてごらん」
ツィーネに立たされたココノアがウーヴァに手を伸ばす。しかし、ツィーネは彼女を腕ごと抱え込んでそれを阻んだ。彼女の自由を奪うように、しっかりと腕を回している。
「……ウーヴァ。腫れてないか見てごらん」
顔だけをウーヴァに向けると、彼は痛みを感じた腕を見下ろして「赤い!」とおろおろし始めた。先程までとは違って普段どおりに気持ちが切り替わった彼を見て、ココノアはくすりと笑う。
「蜂にでも刺されたかな」
「はち?」
「蝶がひらひらなら、蜂はぶんぶんってとこ」
ツィーネは黙ったまま、笑っているココノアを抱く腕の力を強めた。
ココノアは嫉妬深い精霊に体を預けながら目を閉じる。
「ウーヴァ。今日はもう帰ろう。帰って消毒してあげるよ」
『四輪車を借りておけばよかった』
心の中でぼやき、ココノアが体の力を抜く。ツィーネがそれをしっかりと支えている。
『どうして?』
ぐったりとしたまま、ココノアが口角を上げる。
『二輪車の後ろにウーヴァを乗せると、君が嫌がるから』
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