おまじない

 ココノアが暴れる青年を気絶させ、治安部隊に引き渡した。

 その後の簡単な聴取を終えたココノアが心配そうにしているウーヴァへ顔を向けた。彼女が笑顔を傾けると、前髪がばさりと揺れて左目を隠す。

「ちゃんと待てたね。いい子だ」

『俺を褒めておくれよ、俺が待たせておいたんだから』

 即座に湧いたツィーネの声に、ココノアは小さく吹き出してから自身の店――麻の布の上に戻る。そして、右手と左手で二人の頭をそれぞれわしゃわしゃと撫でた。



 ココノアは再びツィーネに店番をさせ、その背中にもたれかかっていた。ウーヴァのために腕輪を編みながら口を開く。

「僕の仕事の話をしておく」

 指先は止めることなく動かしながら、ココノアは顔を少し傾けた。

「僕はここに何日かおきに店を出す。雨が降った日は屋根を張ったりしてね。風が強い日は商品が飛んでいっちゃうから店自体は休むけど、僕はここにやってくる」

 水筒の水を飲んだウーヴァが「じゃあ風の日は何を売るんだ?」と首を傾げた。ココノアは紐の色を選び、口の端に咥えた。

「それが僕のもう一つの仕事」

 色を加える前にウーヴァの手を引き寄せる。手首の太さと出来上がった腕輪の長さを比較し、小さく頷いてから手を離した。色を足して再び編み始める。

「ここ、商の町は賑やかで人も多い。その分トラブルも他の地区に比べて多い。さっきみたいなひったくりに、万引き。喧嘩もね」

「危ねえことだ」

「そう、危ないこと。駐在所もあるし見回る人もいるんだけど、商の町は大きくて道も細くて複雑だ。だから僕みたいに腕の立つ人間を忍び込ませてる。――僕はこの辺りを担当している用心棒ってところ」

 ココノアは色味が気に入らなかったのか、先程色を咥えた部分までほどきながらウーヴァに好きな色を選ぶように促した。

「紛れ込み方はいろいろで、僕みたいに店を出している人もいれば、適当な場所に椅子をおいて座っている人も、誰かの手伝いをしている人もいる。――とにかく、日替わりで必ず誰かがいて、近くで起きたトラブルに対応する仕事だ」

 ほどいた糸を仕舞ってからウーヴァが選んだ色を受け取り、それを編み込み始める。

「この仕事をするとこういう場所を格安で借りられるし、売り上げとは別に報酬も出る。その代わり、何かあった時は逃げられない。相手がどれだけ怖いやつでも逃げられないし、逃げる時だって自分は優先できない。まず他の人を誘導したり、安全の確保をしてあげたり」

 ココノアは「自分の命を捨てる必要はないにせよね」と半分笑いながら言って、視線を上げた。ウーヴァがきちんと話についてきているか表情から探るが、とりあえず今のところは真面目な顔でこちらを見ていて、疑問符が浮いている様子はない。

「ココちゃん、この辺りを守ってるってことだ」

 同意するようににこりと微笑み、もう一度ウーヴァの手を引いた。腕輪の長さを見て頷き、手を離す。

「その仕事にウーヴァも登録したいと思ってる。何かあった時に協力出来るし、逃げる時も同じように動きやすいだろうからね。――ウーヴァ。僕と同じ仕事をしてみる? 無理にとは言わないよ」

「ココちゃんとおんなじ、いいよ。ツィーネもおんなじ?」

 腕輪の仕上げ処理をしたココノアが左右に首を振った。

「ツィーネは精霊だから、そういう役目にはつかないよ。こうやってクリスタル化して側にいることが多いけど、気まぐれでふらっといなくなることもあるしね」

『俺のココなんだから側にいて当然だよ』

『そうだね。いつもありがとう』

 ココノアのおざなりな礼にツィーネはちらと背中の彼女を振り返った。僅かな反抗心から背中をもぞもぞと動かして彼女の邪魔をする。

「……ツィーネ。あまり動かないでほしいな」

「俺は椅子じゃないよ、俺のココ」

「分かった。僕が悪かった、ごめんよ。だからじっとしていて」

 先程より反応はあれど、やはりおざなりである。

 ものを作っている最中の彼女はしばしばこのような態度を取るが、今はウーヴァと会話しているのも原因の一つである。

 ツィーネはむっとして背中でココノアを押し、彼女が背中から離れたところで体ごと振り返った。ココノアは「ちょっと、ツィーネ」と文句を言いたげだったが、無視して彼女を抱え込んだ。彼女を巻き込むようにしてあぐらをかき、そのまま腹に腕を回して固定する。

「そんな言い方するなら椅子でいいよ、俺のココ」

 女性にしては高身長のココノアが居心地悪そうに身じろぎし、すぐに諦めて膝をたててツィーネにもたれかかった。椅子でいいと言うなら、椅子として扱うらしい。

「ツィーネ。店番をしてくれる約束はどうなったのかな」

「俺は気まぐれだから、ふらっとやらなくなることもあるしね」

 慣れたやり取りにココノアが笑い、腕輪の後処理を終えた。余った紐が切られ、先がほつれないように小さな穴が空いた石を通してある。

「ウーヴァ。右手と左手、どっちにつけようか」

 ツィーネの椅子に座ったままココノアがウーヴァを手招く。カラフルな紐で編まれた腕輪を揺らすと、ウーヴァは自分の手を見下ろしてしばし悩んでから右手を差し出した。ココノアはそこに腕輪を結んでやり、それを両手のひらで包み込む。

「願い事をしてごらん。この腕輪が切れた時、君の願いが叶うんだ」

「なんで?」

「そういうおまじない。理由なんてないし、叶う保証もない」

 ウーヴァは「おまじない」と不思議そうに繰り返し、深緑の瞳をにいっと細めた。

「ココちゃんと、ずっと一緒」

「はい?」

「おまじない。願い事」

『叶わないよ、そんな願い事。ねえ、俺のココ』

 すかさず割り込んだツィーネの冷たい響きに、ココノアは反応出来なかった。普段通り同意の一言が瞬時に浮かばなかった。

 ココノアは唾を飲み込んだ後、目を細めて笑う。

『そうだね。叶わないだろうね』

「そうだね。叶えてごらんよ」

 ツィーネはココノアが一瞬言葉に詰まったことに気づいてはいたが、何も言うこともなく腕に力をこめた。ぎゅっと力の入った腕を、ココノアが優しく撫でる。

「……ウーヴァ。明日は少し遠くへ出かけよう。君がどれくらい動けるのか確かめないと」

 ココノアが顔を傾けて笑うと、ウーヴァも真似するように首を傾げて大きく頷いた。

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