双剣と銃
ココノアは目の前の男を改めて観察した。
背は高く、露出した肌は褐色。
体の大きさもそうだが、最も特徴的なのは褐色の肌だ。この海の道の向こう側にある国リアルガーの住民である証と言っても過言ではない特徴だ。
アメシストと海の道で繋がっているリアルガーは友好的な国とは言えない。信仰している宗教の違いから衝突することも多く、ココノアたちアメシストの民から見たリアルガーの民への印象は良くはない。
ココノアたちアメシストの民や隣国のアンバーの民が多く信仰しているのはアロズ教であるのに対して、目の前で相対する男の出身国であろうリアルガーではアイエリエス教が根付いている。
空を浮かぶ大地、天空都市ラズワードには神が住まうと信じ、空にむけて祈りを捧げるアロズ教と。
精霊とそれらが源クアルツに重きをおき、精霊を崇めるアイエリエス教と。
『切れ味はいらない。潰して』
もし目の前の彼がリアルガーによくみられるアイエリエス教に傾倒しているタイプであるなら、こうやって精霊を扱うココノアは許せない存在になりかねない。
『俺のココがそういうのなら』
ココノアは姿勢を低くして、ツィーネを握る手に力をこめた。男がこちらについて考える時間を与えないためにも踏み込む。
まずはあの拳銃を弾き飛ばそう、と銃口から目をそらさずに間合いを詰める。
真っ黒な穴はココノアを見つめ返し、動きをなぞるように滑らかに空間を動く。
く、と息を止め、ココノアが右手の剣を振り上げた。ツィーネの切れ味を消していなければ手首を切り飛ばしそうな、まっすぐ躊躇いのない軌跡。
「せっかく、こんなに綺麗なのに。泥なんて、似合わねえよな」
銃口ではなく、男の深緑の瞳と視線が噛み合う。
男の手首を狙った一撃には確かな手応えがあった。しかし、彼は微動だにせず、ココノアを見下ろしていた。
ココノアは拳銃のグリップと衝突したツィーネをちらりと視線で確認する。完全に力負けしているし、攻撃も読まれている。想定以上に腕のある相手だと理解し、一旦後ろへ下がるべきだと判断を下す。
剣を引く。
しかし、それを男が掴んだ。切れ味のないそれはただの平べったい棒きれと同じで、たやすく引っ張られてしまう。
「お前の、その目――」
男が拳銃を落とし、ぎょっとした顔のココノアへ手を伸ばしてきた。
ココノアは掴まれた右の剣から手を離し、その場でしゃがみこんだ。男の指先がココノアの茶色の毛先に撫でられる。
「赤目がそんなに珍しい? じっくり見たいなら、僕からくり抜いてごらんよ」
音もなく口元だけで笑ったココノアは体勢を低くしたまま肩で転がり、男の足元とすれ違った。ついでに落ちて沈黙した拳銃を手で払いのけると、それは欄干の隙間を通って遠く下の海へと落ちていく。
「お人形さん」
ココノアが男のすぐ背中で立ち上がるのと、振り返るのはほぼ同時だ。
「――綺麗。お人形さん、みたい」
「ありがとう。でも、人形ほど整った顔でもないよ」
空っぽの手を再び伸ばしてきた男に、ココノアは多少強引な姿勢で彼の下腹部へ靴底を埋めた。男の急所は外れたが、怯みは生んだ。そのすきに、ココノアは左手の剣に右手をしっかりと添えて上から振り下ろした。
『俺のココ。あまり無茶しないでおくれよ』
心配するツィーネの声には反応せず、ココノアは深緑の瞳を真っ直ぐに見返す。先程まで男の瞳にちらついていた獣のような獰猛さは薄れてきているのが分かった。
「綺麗――」
男の両手がココノアの剣を受け止めた。
切れ味を戻しておくべきだった、とココノアが冷静に考えながら手を離した。大きく後ろへ下がりながら「ツィーネ!」と双剣を呼び戻す。
男の手の中と足元にあった双剣が光となって霧散し、即座にココノアの手元へ戻った。
『ココ。あいつ、探していた素材になるかもしれない』
心に湧いてくるツィーネの言葉に、今度はわずかに反応を返した。ココノアの眉がぴくりと動く。
『容量がすごく多い。だけど、クアルツが感じられない、契約の跡はあるのに』
男が新しく武器を取り出す素振りがないのを見ながら、ココノアは持ったツィーネを構えず両手にぶら下げた。
僅かに考える間をあけ、小さく一息。
「……最初とは雰囲気が変わったね。少しは落ち着いたかな? それなら、銃を取り出した理由を聞かせてほしいな。どう?」
警戒は解かず、ココノアが首を傾げた。
男が一歩こちらへ踏み出したので、ココノアは瞬時に反応して切っ先を彼に向ける。
「近づかなくたってお喋りは出来るんじゃないかな」
しかし、男の足は止まらない。
ココノアが眉を寄せ、腰を落とす。男の瞳が前へ踏み込むごとにぎらぎらとしたものを宿すのが見えた。
『……情緒不安定ってやつかな』
『ちゃんと反撃しておくれよ! 呑気なことを言ってないで!』
ココノアは両手に構えた剣を振り抜く。タイミングは完璧、突進してきた男がさけられる軌道でもない。
だが、ココノアの一撃は空を切った。
ココノアが目を見開き、感覚のままに後ろを振り返る。自身を軽く飛び越えた男がココノアに背を向けて離れていく。その先には応援で駆けつけたらしい、別の休憩地点で待機しているはずの男が見えた。
何故攻撃対象が自分から変わったのかが分からないまま、ココノアはツィーネを腰の鞘に戻した。空いた両手で、男を掴むようにイメージして真っ直ぐに差し出す。ココノアの体から出ていったクアルツが男の足を捕らえる。
男が突然動かなくなった足につんのめり、狼狽えている。そのすきにココノアは男へ向かって全力でダッシュした。
『僕の一撃を避けられる相手だ。他の人が敵うわけがない。僕で止めるよ』
『相変わらず自信家だね。そういうところがたまらなく好きだよ、俺のココ』
聞き慣れたツィーネの褒め言葉を聞き流し、ココノアは男の背中に飛び蹴りを入れた。男がバランスを崩して膝を追って前へ手をつくと、その手から拳銃が落ちる。
「二丁持ちだったんだね。……他にも武器を持ってるなら今すぐ捨てようか」
落ちた拳銃を蹴り飛ばしたココノアが剣先を男の首の後へひたりと触れさせた。
男は無言のままゆっくりと手を腰の後ろ、ベルトの内側に差し込んだ。そこから変な動きをみせないか注視していると、僅かに露出した刃が夏の太陽の光をぎらりと反射した。
「わっ!」
ココノアが飛び退くと、男が振り返りざまに一閃したナイフがズボンの脛を切り裂いた。飛び退いていなければ強引に振り落とされて怪我を追っていたかもしれない。
『嫌な相手。僕が首を切らないって分かってたみたいな動きだ』
ココノアが後ろへよろけている間に、男の足を掴んでいたクアルツは効力を無くして霧散していた。自由になった男が立ち上がり、視線は進行方向に固定したまま背後にいるココノアへナイフを伸ばす――と、
「俺のココに触らないでおくれよ、そんな汚い手で」
ナイフの切っ先は、人型にクリスタル化したツィーネの手のひらに埋まっていた。ココノアを押しのけて出現した彼は、痛みなど微塵も感じない様子で手に刺さったナイフを握り込む。
男は肉を刺す感触とは異なるそれに驚いて振り返り、そのままツィーネの光をたっぷりと吸い込む水晶の瞳に釘付けになった。
「せいれい、さま」
「――ツィーネ! 僕を突き落としたくてそこに出てきたのかなあっ!」
男の小さな呟きをかき消すようにココノアが叫んだ。ツィーネに押されたココノアは欄干を軸にして体を海側へ落としていた。なんとか片手で体重を支えているが、手が滑り始めている。
「ココ!」
「ああ、もう無理! ――ツィーネ。後の処理はよろしく!」
橋の狭さを忘れていたツィーネが慌てて振り返るのをよそに、ココノアは今から落下するとは思えない良い笑顔で明るく告げた。同時に心の声でツィーネに指示を出し、そのまま落ちていく。
泳ぎは苦手なんだけどなあ、と呑気なことを思いながらココノアは目を閉じて鼻をつまむ。しかし、瞼を透かす明るさが弱くなったことに気付き、不思議に思って薄目を開けた。
「綺麗な、お人形さん」
ツィーネが見せた動揺の瞬間、男も橋から跳んだらしい。
男の手がココノアを掴んだ。抵抗する間もなく胸に抱きかかえられ、ココノアは「へぁ?」と間抜けな声を出す。
そして、二人は大きな水しぶきをあげて、海と衝突した。
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