第二話「遠ざかる距離」
そうが学校を休んだ。
昨日のことが原因だろうか、とも考えたけれど、少し自意識過剰かもしれない。きっと別の何か……風邪でも引いたのだろう。
そう自分に言い聞かせ、冷たい弁当をつつく。
今日の弁当は些か不味い。
こんなところに閉じこもって弁当なんか食べているから、こんな気分になってしまうのだ。と、俺らしからぬ考えが頭に浮かぶ。
けれど本当に、たまには場所を変えてみるのも悪くはないかもしれない。
「よし」
俺は高校生活で初めて、昼休みをトイレ以外で過ごすことにした。
☆
俺が最初に向かったのは中庭だった。
覚悟はしていたが、案の定人が多い。なんだかめまいがしてきた……
「大丈夫?」
思わず座り込んでしまった俺に、心配そうな声が降ってきた。
見上げると、そこには優しそうな好青年が立っていた。
「倉野くんだよね?同じクラスの。大丈夫?具合悪いの?」
ああ。どこかで見たことあると思ったら、こいつは同じクラスの……
「高馬?」
「覚えててくれたんだ。うん、同じクラスの高馬春(こうま はる)だよ」
優しそうな笑顔を浮かべた高馬だったが、さっと表情を曇らせる。
「具合悪いんじゃない?保健室行く?」
「あ、いや、大丈夫。ありがとう」
そう俺が答えると、高馬はまた先ほどの笑顔に戻った。
「よかった。倒れちゃうんじゃないかって心配だったんだ」
「よかったよかった〜」と言っている高馬。コミュ障発動しまくりの俺は「ほんとありがとう」と言って立ち去ろうとした。
が、
高馬は唐突に「そうだ」と言うと、俺の肩に手を置いた。
「俺前から倉野くんと話してみたいなって思ってたし、一緒に図書室でお話ししようよ」
☆
というわけで俺が次に向かったのは図書室だった。
向かいには笑顔の高馬。
入学以来、そうとしかまともに話していなかったため、正直言ってきつい。
「ところで倉野くんって、いつも昼休み教室にいないよね?どこ行ってるの?」
あーそれね。トイレで飯食ってるんすよ。
なんて当然言えるわけもなく。
「友だち(?)と一緒に別のところで飯食べてます」
するとあははっと高馬が控えめに笑った。
「なんで敬語なのさ。俺たち同じ学年でしょ?もっと普通でいいよ」
「あ、うん……」
こんなことならトイレから出なければよかった、なんて考えていた俺に「あっでもそういえば……」と高馬が続ける。
「俺前に倉野くんと颯太が話してるのみたことあるんだけど、倉野くんその時はもっと軽い感じの口調だったよね」
そうと教室で話すことはほとんどないので、少し驚いた。普段よっぽど周りに気を配っているのだろうか。
「あ、えと、さっき言った一緒に飯食べてる友だちっていうのがそう……颯太で……」
そう俺が言うと、高馬は「へぇ」と少し驚いたような表情を浮かべ、「だから颯太、いつも昼休みになるとどっか行っちゃうんだ」と一人頷いた。
「あ、あはは……」
返事に困ったので、何ともなしに笑ってみる。
沈黙。
「うん楽しかったありがとう。俺もう行かなきゃ。また話そうね、倉野くん」
流石に高馬もこの雰囲気には耐えかねたのか、唐突にそう言った。
「また……」
「ばいばーい」と手を振りながら図書室から出て行く高馬に、俺も少し手を振り返して応える。
始まりも終わりも随分と唐突な、高馬だった。
☆
最後に俺がきたのは屋上だった。と言っても、屋上への扉には鍵がかかっていたため、階段の一番上に座っている状態である。
校舎内を歩き回ったからかどっと疲れが押し寄せ、その場に仰向けになった。
目を閉じると、なぜだかそうのふわっとした笑顔が浮かび、次いで先ほどの高馬との会話が思い出された。
『俺前に倉野くんと颯太が話してるのみたことあるんだけど、倉野くんその時はもっと軽い感じの口調だったよね』
この時の高馬は、少し硬い笑顔だったような気がした。……いや、そうの笑顔がふわっとしすぎているのかもしれない。
「……そう大丈夫かな」
思わず口に出た言葉に、俺はそうを心配していたんだと改めて気がついた。
スマホを取り出す。そういえばそうとの連絡手段がない。
スマホの時計は、昼休み終わりの時間を指していた。
☆
委員長の号令が響き、挨拶をすると、教室のざわめきが再び戻ってきた。
残って話をする人、そそくさと帰る人。俺はもちろん後者だ。
いつものように教室を出、階段を降り、下駄箱で靴を履く。俺は自転車通学なので、校舎裏の自転車置き場へと向かった。
この学校は駅から近いこともあるのか、電車通学が随分多く、逆に自転車通学者は少ない。
人混みが苦手な俺にとっては好都合なのだが、
「クラノくーん?だよね。ちょっと良い?」
ちょうど今日国語教師が言っていた「人間万事塞翁が馬」という故事成語を思い出した。
集団の一人にぐいっと手首を掴まれたかと思うと、ずんずんと集団ごと自転車置き場のもっと奥、完全に人気のないところへと連れて行かれた。
「ここらへんでいんじゃね?」
「そうだな」
そんな会話が聞こえ、掴まれていた手首が乱暴に離された。勢いで地面に尻餅をつく。
「ごめんねぇいきなり」
「俺ら、クラノくんに話があるんだわ」
何も言えない俺に、集団が迫る。
「ソウタくんってオレらの友だちにいるじゃない?」
「最近付き合い悪くて困ってるんだよねー」
「ソウタくん、人気者なんだから独り占めしないでよ」
知らない顔の中にちらほらと知っている顔も混ざっている。同じクラスと、他クラスのそうの友だち……だろうか。
「す、すんません」
こんな恐喝まがいのことやって、教師にでも見つかったらどうするのだろうか。なんて考える俺は、頭は冷静な風だが、背中は冷や汗でびっしょりである。
「まあオレらも優しいから今は許してあげるけどさ」
そう言った男の笑顔が俺の顔面ギリギリまで寄る。
「もうソウタくんと関わるのやめたげて?」
「ね?」と言い、笑顔が離れていく。
「じゃ、よろしくね。クラノくん」
そう言うと集団は俺に背を向け、校舎の方に消えていった。
ふと手に痛みを感じて開いてみると、ずっと自転車の鍵を握りしめていたらしい。赤い鍵の跡が、くっきりとついていた。
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