第二話「遠ざかる距離」

そうが学校を休んだ。

昨日のことが原因だろうか、とも考えたけれど、少し自意識過剰かもしれない。きっと別の何か……風邪でも引いたのだろう。

そう自分に言い聞かせ、冷たい弁当をつつく。

今日の弁当は些か不味い。

こんなところに閉じこもって弁当なんか食べているから、こんな気分になってしまうのだ。と、俺らしからぬ考えが頭に浮かぶ。

けれど本当に、たまには場所を変えてみるのも悪くはないかもしれない。

「よし」

俺は高校生活で初めて、昼休みをトイレ以外で過ごすことにした。

俺が最初に向かったのは中庭だった。

覚悟はしていたが、案の定人が多い。なんだかめまいがしてきた……

「大丈夫?」

思わず座り込んでしまった俺に、心配そうな声が降ってきた。

見上げると、そこには優しそうな好青年が立っていた。

「倉野くんだよね?同じクラスの。大丈夫?具合悪いの?」

ああ。どこかで見たことあると思ったら、こいつは同じクラスの……

「高馬?」

「覚えててくれたんだ。うん、同じクラスの高馬春(こうま はる)だよ」

優しそうな笑顔を浮かべた高馬だったが、さっと表情を曇らせる。

「具合悪いんじゃない?保健室行く?」

「あ、いや、大丈夫。ありがとう」

そう俺が答えると、高馬はまた先ほどの笑顔に戻った。

「よかった。倒れちゃうんじゃないかって心配だったんだ」

「よかったよかった〜」と言っている高馬。コミュ障発動しまくりの俺は「ほんとありがとう」と言って立ち去ろうとした。

が、

高馬は唐突に「そうだ」と言うと、俺の肩に手を置いた。

「俺前から倉野くんと話してみたいなって思ってたし、一緒に図書室でお話ししようよ」

というわけで俺が次に向かったのは図書室だった。

向かいには笑顔の高馬。

入学以来、そうとしかまともに話していなかったため、正直言ってきつい。

「ところで倉野くんって、いつも昼休み教室にいないよね?どこ行ってるの?」

あーそれね。トイレで飯食ってるんすよ。

なんて当然言えるわけもなく。

「友だち(?)と一緒に別のところで飯食べてます」

するとあははっと高馬が控えめに笑った。

「なんで敬語なのさ。俺たち同じ学年でしょ?もっと普通でいいよ」

「あ、うん……」

こんなことならトイレから出なければよかった、なんて考えていた俺に「あっでもそういえば……」と高馬が続ける。

「俺前に倉野くんと颯太が話してるのみたことあるんだけど、倉野くんその時はもっと軽い感じの口調だったよね」

そうと教室で話すことはほとんどないので、少し驚いた。普段よっぽど周りに気を配っているのだろうか。

「あ、えと、さっき言った一緒に飯食べてる友だちっていうのがそう……颯太で……」

そう俺が言うと、高馬は「へぇ」と少し驚いたような表情を浮かべ、「だから颯太、いつも昼休みになるとどっか行っちゃうんだ」と一人頷いた。

「あ、あはは……」

返事に困ったので、何ともなしに笑ってみる。

沈黙。

「うん楽しかったありがとう。俺もう行かなきゃ。また話そうね、倉野くん」

流石に高馬もこの雰囲気には耐えかねたのか、唐突にそう言った。

「また……」

「ばいばーい」と手を振りながら図書室から出て行く高馬に、俺も少し手を振り返して応える。

始まりも終わりも随分と唐突な、高馬だった。

最後に俺がきたのは屋上だった。と言っても、屋上への扉には鍵がかかっていたため、階段の一番上に座っている状態である。

校舎内を歩き回ったからかどっと疲れが押し寄せ、その場に仰向けになった。

目を閉じると、なぜだかそうのふわっとした笑顔が浮かび、次いで先ほどの高馬との会話が思い出された。

『俺前に倉野くんと颯太が話してるのみたことあるんだけど、倉野くんその時はもっと軽い感じの口調だったよね』

この時の高馬は、少し硬い笑顔だったような気がした。……いや、そうの笑顔がふわっとしすぎているのかもしれない。

「……そう大丈夫かな」

思わず口に出た言葉に、俺はそうを心配していたんだと改めて気がついた。

スマホを取り出す。そういえばそうとの連絡手段がない。

スマホの時計は、昼休み終わりの時間を指していた。

委員長の号令が響き、挨拶をすると、教室のざわめきが再び戻ってきた。

残って話をする人、そそくさと帰る人。俺はもちろん後者だ。

いつものように教室を出、階段を降り、下駄箱で靴を履く。俺は自転車通学なので、校舎裏の自転車置き場へと向かった。

この学校は駅から近いこともあるのか、電車通学が随分多く、逆に自転車通学者は少ない。

人混みが苦手な俺にとっては好都合なのだが、

「クラノくーん?だよね。ちょっと良い?」

ちょうど今日国語教師が言っていた「人間万事塞翁が馬」という故事成語を思い出した。

集団の一人にぐいっと手首を掴まれたかと思うと、ずんずんと集団ごと自転車置き場のもっと奥、完全に人気のないところへと連れて行かれた。

「ここらへんでいんじゃね?」

「そうだな」

そんな会話が聞こえ、掴まれていた手首が乱暴に離された。勢いで地面に尻餅をつく。

「ごめんねぇいきなり」

「俺ら、クラノくんに話があるんだわ」

何も言えない俺に、集団が迫る。

「ソウタくんってオレらの友だちにいるじゃない?」

「最近付き合い悪くて困ってるんだよねー」

「ソウタくん、人気者なんだから独り占めしないでよ」

知らない顔の中にちらほらと知っている顔も混ざっている。同じクラスと、他クラスのそうの友だち……だろうか。

「す、すんません」

こんな恐喝まがいのことやって、教師にでも見つかったらどうするのだろうか。なんて考える俺は、頭は冷静な風だが、背中は冷や汗でびっしょりである。

「まあオレらも優しいから今は許してあげるけどさ」

そう言った男の笑顔が俺の顔面ギリギリまで寄る。

「もうソウタくんと関わるのやめたげて?」

「ね?」と言い、笑顔が離れていく。

「じゃ、よろしくね。クラノくん」

そう言うと集団は俺に背を向け、校舎の方に消えていった。

ふと手に痛みを感じて開いてみると、ずっと自転車の鍵を握りしめていたらしい。赤い鍵の跡が、くっきりとついていた。

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