第一話「近すぎる距離」
次の日の朝。
「ひろー!おっはよー!」
「!?!!」
突然背中に重みを感じた。
危うく顔をスマホに突っ込ませるところだった。
「……おはよう、そう」
「うん、おはよう」
悪びれる様子のない満面の笑み。朝から何がそんなに嬉しいのか。
そしてそうは、席に着いてからもにこにこと俺を見続けていた。……少し居心地が悪い。
スマホの画面からちょっと目を上げて、隣のそうを見てみる。
「っ……!」
うわ、目あった。気まずい。
もしかして休み時間とかずっと見られんのかな……いやそれは流石にないか……?
しかし俺のそんな憂いは必要なかった。
休み時間になると、そうの机の周りにはすぐ人が集まってきた。あれじゃ俺なんて完全に視界の外だろう。万事解決。
しかしなぜだろう。その日はいつもより少しだけ、休み時間が長く感じられた。
☆
長い長い4時間が終わり、昼になった。この学校は些か昼の時間が遅い気がする。4時間目なんかもう空腹で全く授業に集中できない。
早く弁当を食べたい気持ちを抑え、俺は弁当を持ち立ち上がった。目的地はトイレだ。
今時トイレでぼっち飯とかまじであるのかとか、いやそもそもトイレで飯って……とかそういうのはいらない。教室がうるさすぎるから仕方なく静かなトイレで食べているんだ。そう、仕方なく。
兎にも角にもトイレについた。入学前は洋式便座がなかったらどうしようかと不安だったが、俺たちが入学する直前に改装したらしく、全て洋式で綺麗なトイレだった。
俺はそのうちの一つの個室に入って鍵を閉める。
「やほーひろー」
!?
そこにはそうがいた。まさかこいつもトイレでぼっち飯なのか……?
だとしたら悪いことをしてしまった。陽キャがトイレでぼっち飯してたなんて……
「わ、悪い。俺隣行くな」
がしかし、そうはいつの間にかドアの前に立ち塞がっていた。
「一緒に食べよう、ひろ」
「一緒に?ここで?」
そうはにっこりと頷く。
これはあれか。見つかっちゃったんならいっそぼっち同士一緒に食べよう的な……
「そうが良いんなら……」
するとそうは「やった」と小さくガッツポーズし、そのままドアにもたれかかった。
俺は(多分そうが譲ってくれたのだろう)便座に腰掛け、弁当を開ける。立ったままのそうも器用に弁当を開けた。
それぞれ黙々と弁当を食べる、静かな時間だった。よく考えてみれば、家族以外と一緒に食事したのなんていつぶりだろう。
いつもは冷えきってお世辞にも美味しいとは言えない白米も、今日は美味しく感じた。
☆
俺とそうがトイレで一緒に飯を食べるようになってから数日。今日も今日とて俺たち二人はトイレで飯を食べていた。
会話といえば、トイレに入った時の「おう」「おはよ」と、帰りの「じゃあ」「また」くらいで、この数日ちゃんとした会話らしいものは一切なかった。それでも居心地が悪くないんだから不思議だ。そうの陽キャパワーだろうか。
ところがこの日は違った。
「ひろって髪サラサラだよね」
トイレ飯初のちゃんとした会話は、そんなそうの一言から始まった。
「そ、そうか?」
自分では思ったことがなかったので少し戸惑った。
「うん。俺癖っ毛だからちょっと羨ましいかも」
そう言ってそうは自分の髪を触る。
確かにそうの髪は、ぴょんぴょんと跳ねている感じだったが、それ風にセットしたものだとばかり思っていた。癖っ毛だったのか。
というか、そうにもコンプレックスってあったんだ。
そこで俺は、なんでか、本当になんでか自分でもわからないのだが、そうに言った。
「俺の髪、触ってみる?」
「え……」
まじで何言ってんだ俺。
慌てて撤回しようと「いや、違う。やっぱなんでも……」と言いかけたが、俺の頭にポンと置かれたそうの手に言葉が止まった。
「ひろの髪、サラサラで気持ち良い」
置いた右手で俺の頭をわっしゃーとやりながら、そうはにっこり笑う。
そうは猫か犬かと聞かれたら犬派なんだろうなと、ふと思った。
「良い加減やめろよ」
存分にわしゃわしゃされたところで、俺はそうの手を振り払い、便座から立ち上がる。
が少し勢いがつきすぎた。頭を触られた恥ずかしさで落ち着きを失っていたのかもしれない。
俺は体のバランスを崩し、前のめりに倒れた……というほど広さもなく、目の前にいるそうに抱きとめられる形となった。
「ごめ……」
慌てて離れようとするが、そうはそのまま俺の背中に手を回した。
「ちょ、苦しい……」
俺が必死に訴えても、そうは手を緩めようとはしない。新手のいじめか?
そうの胸に俺の顔が押し付けられる形になっているので、苦しい。とにかく苦しい。
「嫌なら殴ってでも抜け出してみなよ」
と、そうが耳元で言った。
苦しいし、殴っていいって言ってるし。
「じゃあ遠慮なく……」
陰キャキモオタの俺にもまあ普通の男子高校生並みの力はある。
右手をそうの背中に回し、思いっきり殴った。
「うぐっ!?」
瞬間、そうの手が緩まる。その隙に俺はそうの腕から抜けだした。
「ごめん……大丈夫か?」
「いいよ、行きなよ」
そうと距離を取りながらも心配する俺に、そうは冷たく言った。
もしかして殴ったのが相当痛かったのかもしれない。
「……じゃあ」
そうがこっちを向こうとしないので、仕方なく背を向ける。
なぜか悲しそうなそうの顔が頭から離れなかった。
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