ひとこと
お題:私を支配する唇
最近、優が何を考えてるのかがわからない。
…いや、わからないのは元々だ。
それがいつにも増して、わかりにくくなっているような気がする。
何も考えてないだけかもしれないんだけど。
本人も案外何も考えてないようなことを言っていたことがあるから、杞憂かもしれない。
できれば、そうであってほしい。
彼が突然思いついたようにいう一言に、何度も振り回されてきた。
私も振り回してるから、お互い様だと割り切っているつもりでいた。
…飽く迄も『つもり』だ。
最近は事あるごとに嫌われるんじゃないかという不安に駆られる。
こうなってしまえば、あとは破滅しかない。
今までがそうだったから、希望を持つのも怖い。
まだ笑えてるから平気。そう自分に言い聞かせていた。
毎日鏡の前で無理矢理口角をあげて笑顔を作る。
そうして自分のちっぽけなを守っていた。
私は誰にでも愛想を振り撒いて、本心を押し殺している。
下手に自分を出して嫌われないように。息をするように嘘を吐いている。
それでも好きな、特別な人には嘘を吐きたくなかった。
そんな本心とは裏腹に嫌われることを恐れて、ない頭を振り絞っている。
彼の優しさに甘えて、縋っているから、見捨てられることが何よりも怖い。
でも、愛されたい。彼にとって特別でありたい。
だからだろうか、彼に対しても嘘で塗り固めた笑顔を見せてしまう。
「ちょっと距離置く?」
あ、嫌われてたかな。手遅れだったかな。
愛想はとっくに尽きてたんだなぁ。
優の突然の発言に対して、私の頭は案外冷静だった。
一旦深呼吸をして、答えを作る。
「わかった」
表情に軽い笑みを貼り付けて、聞き分けのいい子を演じるように。
うまく、笑えてるだろうか。自然と指に力が入る。
きっと今の手は真っ白になっていると思う。
どれくらい痛みが襲ってきてもいいと思った。
ここで我侭を言って困らせてもよかったけど。生憎、そんなキャラじゃない。
一言の本心を言わず、嘘と笑顔を送る。そうして悲しさを最小限に留めてきた。
間違っていると言われても、私にはこれしかない。
醒め切った思考回路をフル回転させる。笑顔を貼り付けられているだろうか。
このまま、笑えている内にここから去りたい。
油断すると、今にも泣いてしまいそうだ。
歯を食いしばるわけにいかない分、その力をただただ指に加えた。
…あぁ、手が痛い。
私の返事に、優は驚いて、困った表情をしていた。
その表情を見て、抑えていたものが溢れ出しそうになった。
…なんで、君がそんなをするの。
喉元まででかかった言葉を必死に飲み込んだ。
優は何か言いたげな表情で見つめていた。
その口が開かれて、紡がれる言葉を聞いて、笑顔を貼り続ける自信がない。
「私、行くね」
「ちょっ、まっ…」
喋るのを遮るかのように、早足でその場から逃げ出した。
*
暫く歩いて、ふと立ち止まる。普段じゃ来ないような所まで歩いていた。
もう辺りは暗くて、人通りも全くと言っていいほどなかった。
優と話していた時間も明るい時間ではなかったが、それでも薄暗い程度だった。
今はもう、暗闇と静寂が辺りを包み込んでいた。
携帯を取り出して時間を確認する。それでも三十分程度しか経っていなかった。
ずっと何も考えず歩き続けてきたけど、いい加減疲れてしまった。
公園らしい場所なのに、街灯がやけに少なくて、少し不気味だった。
近くのベンチに腰掛けてから、携帯を見る。メッセージがいくつかあったが、優からのものはなかった。
連絡がなかったことに落胆したけど、別れを告げられていない分、安心もした。
いつ言われてもおかしくない。
もしかしたらすぐに通知が来るかもしれない。どうしようもない不安が襲う。このまま、終わってしまうのだろうか。
周りの雰囲気も相まって、マイナスな方向に考えが向いてしまう。
視界が滲む。携帯を握り締める手に温かい何かが落ちた。
「知心!」
聞き慣れた声がした。大好きな人の声。
だけど、今は聞きたくない。まだ心の準備が出来てない。
いつもの笑顔を貼り付けられない。こんな姿を見られたくなかった。
「よかった…」
走ってきたのか、かなり息が上がっているようだった。
私を見つけたことに対してか、逃げないことに対してかはわからなかったけど、安心したような声で呟いた。
何がよかったのだろうか。私としてはは何もよくないのだけれど。
「そっち行ってもいい?」
正直、来てほしくなかった。今の顔を見られたくない。
出来ることなら走って逃げだしてしまいたい。
けど、もう歩く気力もなかった。
諦めて覚悟を決めなければ…。いつまでも逃げていては優に迷惑がかかる。
反応がないことを肯定と受け取ったのか、ゆっくりと近付いてきた。
隣に座るのかと思ったが、優は私の正面にしゃがみこんだ。
俯いている私と、しっかりと目を合わせてきた。
「泣いてたの?」
見上げながら聞いてくる。
少し童顔な優の上目遣いはずるい。普段だったらきゅんとしてしまう。
けど、今はしなかった。する余裕もなかった。
息を整えてはいるものの、うっすらと汗をかいている。
そんなになるくらい必死に追いかけてくれたのだろうか。
どうしてここまでするのかが、わからなかった。
優の手が頬に触れる。その手は冷たかった。
冷たさに若干身じろぎはしたが、拒絶はできなかった。
そんな私の様子を見て、安心したような表情を浮かべた。
「知心、俺の話聞いてくれる?」
優しい声だった。そんな優しい声でさよならを告げるのだろうか。
だとすれば、彼はとても酷なことをする。
私の気持ちを知ってか知らずか、優は微笑んだ。
「別れ話じゃないよ」
「え?」
予想しない言葉に、変な声が出る。
「俺の言い方が悪かったね」
ごめん、と言いながらゆっくり立ち上がる。
釣られて上を向くと、月明かりと街灯が眩しくて目を細めた。
明かりに照らされた優は、いつになく真面目な顔をしていた。
「知心さ、最近無理してたでしょ?」
「…っ!」
息を飲んだ。気付かれていたんだ。
「俺に嫌われないようにって」
ぐっと歯を食いしばって涙をこらえる。視界が滲んで優の顔がよく見えない。
そんな私に、優は構わず続ける。
「そんなことして俺の傍にいる知心を見てるのが辛かった」
優は苦しそうな声で話していた。その声を聞いて自分のせいだと気付いた。
隠せてるって、気付かれてないって思い込んでいた。
そのせいで優を苦しめていたことに気付かなかった。
「だから」
優は無理矢理に笑っていた。あぁ、私もこんな顔をして笑ってたのかな。
「お互い一人の時間を多くとった方がいいかなって」
口元を歪めて、笑った顔を作っているが、今にも泣き出しそうな目をしていた。
私が逃げ出す前にしていた目と同じ目だった。
「ちがっ…」
言いたいことは沢山あったのに、涙ばかり溢れて肝心の言葉が出てこない。
「ちが、うの」
頬に触れていた優の手を必死に掴む。離したらもう掴めないような気がした。
優は拒むことなく、じっと私の顔を見ている。
「こわ、かった、の」
うまく話せない。
自分でも苛立ちを覚えるほどに、言葉が途切れ途切れになる。
振りほどかれるのが怖くて、手に力が入る。もしかしたら、痛いかもしれない。
「うん」
そんな状態でも、優は急かすこともせずただ私の声を聞いていた。
涙が止まらない。もう優の表情がわからないくらいに前が見えない。
「ゆ、うに、嫌われ、ちゃった、かなって、思って」
ちゃんと伝えたいのに、伝えられない。ただ嗚咽だけが漏れる。
「大丈夫」
そう言って、優しく抱き締めてくれた。冷たい手とは違って、暖かさが広がる。
背中をぽんぽんと軽く叩きながら、私を落ち着かせようとしてくれる。
「大丈夫だから」
今の私にはそれだけで十分だった。
たった一言であんなにも不安になったのに、別の一言でこんなにも安心する。
彼の紡ぐ言葉で、簡単に救われてしまうのだ。
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