見えない
お題:オッドアイ
ここ数日、左目が充血している。酷く痒くて、市販の目薬は効かなかった。
流石にまずいと思って病院に行くと、角膜炎と言われてしまった。
病院で目薬を処方してもらえたから、市販の薬で誤魔化すより治るだろう。
「眼帯邪魔…」
眼帯はあまり好きじゃない。
片目だけだと距離感が掴めないし、視力もそんなによくないせいで全然見えない。加えて利き目である左目を塞ぐせいで、かなり疲れる。
まぁ、好きじゃない理由は他にもあるのだけど。
それはそうと、このままじゃ外に出るのが一苦労だ。
学校やアルバイトがあるから嫌でも外に出るし人混みに揉まれるのだが。
眼帯を外しても平気なくらい回復するまで我慢しなきゃ、と考えながら学校に入って、階段を上っていた。そんな時だった。
「おはよう」
「うわぁ!?」
突然、横から声をかけられた。
全然見えなかったし気付かなかったせいで、跳ね上がって叫んでしまった。
「その反応酷くない?」
傷ついたわーと言っているが、笑っているから気にしてないだろう。
冗談はすぐにわかるから、まだありがたい。
「先名さん早くないですかね。いつもギリギリなのに」
声をかけてきた人…優に申し訳程度に嫌味を言って返すが、本人はそんな嫌味も気にしていないようで、平然としている。
「日直だからね」
そう言った優の手元には日誌があった。皆で使うものだから大事に使って、と言われていたものの結局ボロボロになってしまっている。
優も扱いはそこまで丁寧じゃない。
「そういえば昨日そんなこと言ってたね」
「正確には週末ずっと、ね」
そうしないと忘れてしまうのだろう。私にも何回か日誌のことに触れてきてと頼んできていたくらいだった。
休日を挟むとどうも忘れやすいらしい。
「で、その目どうしたの?なんか封印した?」
「中二病って言いたいの?」
…私が眼帯をしたくないもう一つの理由がこれだ。
茶化されるのはいいけど、この手の話題は返すのが面倒くさい。優は、ごめんと言いながら笑っている。
言いたくなる気持ちもわかるけど、もうすぐ成人だと考えるとどうなんだろう。
でもちゃっかり、私が歩きやすいように移動してくれているのは優の優しさだろう。
見えないし怖いから、結構嬉しかったりする。
「なんかさ」
「んー?」
少し前を進みながら口を開く。足元が見辛くて生返事を返してしまう。
「今日目付き悪いね」
気にしていることを指摘してくる。よく見えないせいで無意識の内に目を細めてしまっているのだ。
元々目付きがあまりよくないから、細めると尚更悪く見えるのだろう。面と向かって指摘されるとは思わなかった。
「あんまり見えないんだよね」
当たり障りのないように返すが、どうも声のトーンが低くなってしまった。
「コンタクトしてないの?」
知ってか知らずか、気にせず話題を続けてくる。
視力は低いし、眼鏡もコンタクトも持っているけど常用はしていない。つけていない時間が殆どだと思う。
「アレルギー出るんだよね」
このアレルギー体質のせいで、コンタクトは常用出来ない。
この調子だと使えない時間の方が多くなりそうなくらい使っていない。
「眼鏡は?」
「眼帯が邪魔」
多少我慢すればいいのだが、ちょっとでも動くとレンズに眼帯が当たってイライラしてしまう。結局、我慢できない。
「眼帯って貼るタイプなかった?あれって眼鏡かけれるんじゃないの?」
優なりに心配してくれているのか。それとも目付きが悪いから怖いのか。
「周りがかぶれて痛くなっちゃったんだよね」
「あぁ…」
普段も痛くなるからと、化粧も出来ないと嘆くほど肌が弱いことを知っているからか、深く詮索はしてこなかった。こんな時、事情を知ってる相手は楽だ。
「大変だね」
他人事だけど、少しの同情を含んだ声だった。ちらっとこっちを見ている。
少し申し訳なさそうにしているように見えた。少し困っているように思える。
「危ないから、離れないでよ」
人が増えてきたのを見て優が言った。
流石に学校で放浪癖は披露しないけど、ツッコむのは野暮だと思い言葉を飲み込んだ。
*
優がぶつからないように気を配ってくれているが、それでもぶつかりそうになることはある。手元を見ながら歩いてる人が多いのも原因の一つだろう。
いつもより狭く、ぼやけている視界では、結構な凶器になると思う。
たまに舌打ちをされるのであまりいい気分とはいえないが、それを見かけるたびに優が様子を見てきた。
道を譲りつつ、ペースを合わせてくれている。
やっとの思いで教室に着く。優が何かと気にかけてくれたお陰で、階段で転ぶようなことはしなかった。
「おはよー、って何、邪気眼?」
クラスメイトが挨拶と共に優と似たようなことをいってくる。
この学校の人はこういう発想が多いのだろうか。仲が良い人の殆どに聞かれるような気がする。
「お前もか」
「それさっき俺がやった」
私が呆れる横で、優が笑っている。無邪気な顔で楽しそうにしている。
「いやぁもう、眼帯見たら聞かなきゃいけないと思って」
こっちも楽しそうだ。変な使命感を持っているのはどっちも変わらない。
この二人って、案外息ピッタリなんだよなぁ。ふざけることに関してはだけど。
「あ、そういえば今目どんな感じなの?」
「今?痛い」
「え、あ、うん」
返事をしてから、症状のことを聞かれているのだと気付いた。
充血してると言うべきだったのかもしれない。
「目薬とかは?」
「あっ」
言われて思い出した。朝、時間がなくて急いでたから。
「今朝目薬さしてない」
「えぇ…」
「ボケてきた?」
優には呆れられて、クラスメイトには煽られた。朝から大変だったのだ。
日課じゃないことはどうしても忘れがちになってしまう。
「まだチャイム鳴らないし、今のうちにさしちゃえば?」
「というかどんな感じなのか気になるから見せて、邪気眼」
心配してるのかしてないのかハッキリしないなこの人たちは。
つっこむ気力もないので、そのままスルーした。
目薬をさすために眼帯を外すと、正面にいた優がぎょっとしているのがわかった。
「何かあった?」
自分の顔を見てそんな顔をされると、あまり面白いものではない。
機嫌が悪くなってしまうのが抑えきれなかった。
「いや、結構酷いんだなって」
優がどんなを想像していたのかはわからないけど、想像以上に酷かったようだ。
「そう?朝眼帯する時はそこまでだったけど」
「いやいや、真っ赤だよ」
隣にいたクラスメイトが正面を覗き込んで言った。最後に見たときは真っ赤というほどではなかったので鏡を取り出して確認する。
どうやら、痛みの原因は悪化していたからみたいだ。朝より何倍も赤く、酷い状態になっていた。
「オッドアイみたい」
優が呆然と呟く。
「オッドアイって…黒目の色が違うことだから違うと思う…」
自分の目が思った以上に酷かったのもあって、声に覇気がなくなっていった。
「本当に邪気眼みたいになってるね」
クラスメイトにいじられる。ふざけているが、心配している感じだった。
「あー、じゃあ次は左手に包帯とか?」
優が閃いたと言わんばかりに便乗する。二人共楽しそうだ。
どっちも楽しそうなので、水を差すのは悪い気がするけど。
「ねーよ」
ツッコミを入れずにはいられなかった。
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