海と手紙

お題:ボトル


半年ぶりに地元に帰ってきた。進学のため、夢のために離れた生まれ故郷。

普段過ごしている街より田舎だけど、極端に田舎って感じはしない。

それでも、最後に帰ってきた時よりも、商店街は寂れていた。

きっと、スーパーにお客さんを取られてしまったのだろう。

シャッターが下りていない店がスーパーにはないようなものを取り扱っている店ばかりだったから想像できた。

まぁ、実家もスーパーの方が近いし商店街を使うことは殆どなかったんだけど。

強いて言うなら教科書を買いに来たり夏祭りで歩いたくらいだ。

だから、思い入れはあまりなかった。それでも、少し寂しくなった。

元々気持ちが落ちていたのもあって、あまり長時間居たいと思わなかった。

このままいたらもっと寂しくなってしまいそうだ。

自然と海に足を運ぶ。特に、高校生の頃は何かあるとここで時間を潰していた。

それこそ、補導されてしまうような時間までいたこともある。

海に入れるほど綺麗な海ではないので人は少ない。

たまにいるのは散歩しているご近所さんくらいだろう。

聞こえるのは風と波の音くらいで心地いい。

夕日が反射して、波が橙色にキラキラと光っているのが少し眩しい。

夏がもうすぐ終わる。それでも、今年はまだまだ暑い。

「涼し」

夕方の海沿いで、薄着で居て丁度いいくらいだった。

夜になったら流石に何か羽織らないと寒いかもしれない。

「うわ」

足元には流木や貝だけでなく、ガラスの破片とかも落ちている。

砂が入るけどスニーカーで来て正解だった。サンダルだったら素足に破片が刺さって怪我をしたかもしれない。

足元に注意を向けながら散歩を続けることにした。


  *


「ん?」

もう暫く海沿いを歩いていると、見慣れないものが落ちていた。近づいて見てみると、ガラス瓶に紙が入っていた。

ガラス瓶がそのまま流れ着いてるのも珍しいけど、中に紙が入っているものは初めて見た。きっと、メッセージボトルだろう。

存在は知っていたけど、実物を見るのは初めてだった。

興味本位で中を見る。誰かの秘密を覗くみたいで、いけないことをしてる気持ちになった。

中身は手紙、というよりはメッセージカードというか、メモというか…。

たった一行『Je souhaite le bonheur』と書かれているだけだった。

それも走り書きで、なんとか読めた、という程度だった。

「…何語?」

私にとって馴染み深い日本語ではないそれは、この広い海を流れ続けてここまで来たのだと悟った。

学校で習う英語とは違う文法のようで、よくわからない。

昔ちょっとした興味から調べた言葉を思い出すと、イタリア語かスペイン語か…いや、フランス語だろうか。

この文にはどんな意味があるのだろう。

特定の人に届けたいのならこんな不確実な方法じゃなくて、メールや、普通の郵便手紙を使えばいい。

書いたはいいけど、周りに見せられなくて隠すように流したのか。

それとも、見ず知らずの人に何かを知って欲しくて淡い期待を抱いたのか。

どれが正解かなんて、拾っただけの私にはわからなかった。

案外、正解なんてないのかもしれない。

きっとそういうものだ。そう思うことにした。

「調べたらわかるかなぁ」

文章の意味が気になる。知らないことはとことん調べたい。

こんな性格だから、周りから好奇心の塊なんて言われるのかもしれない。

携帯を使えばすぐに答えか、ヒントかがわかるだろう。

そんな思いから携帯を取り出して、画面を見る。

そこには、おびただしい数の通知があった。

「うわぁ…」

思わず引いてしまったが、私が滅入っていた理由だった。

人に合わせて、笑っている八方美人を演じることに疲れていた。

素を隠して、本音を殺して同意するだけのお人形をしている自分が嫌になった。

何も考えずに、ゆっくりしたくなって実家に帰ってきて、海に来た。

静かなここは休むにはもってこいの場所だった。

大事な連絡は来ないはずだし、急な連絡が必要になりそうな人には実家に帰ることと実家の電話番号を伝えてあるから、そっちに連絡が行くはず。

そっと携帯の電源を切って、ボトルを軽く拭いてから鞄に仕舞った。

家にある外国語の辞書の中に正解はあるだろうか。

なかったら図書館にでも行こうか。

たまには、アナログな方法で調べるのも悪くないだろう。

日が落ちて紫に近付く海辺と、藍色に染まる空を眺めていた。

少し肌寒くなって来ている。

これ以上は風邪を引きそうだ。

「あ」

そういえば。

「優に何も言ってなかったなぁ」

連絡が取れなくなって心配するだろうか。

波の音を聞きながら、そんなことを考えていた。








Je souhaite le bonheur《幸せを祈ります》

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