第115話 探偵部の推理ショー

 警察含め、私の周囲にいる全員が驚きを表情に示す。

 栗田 智晴、阿部 太一、小松 友紀恵——3人の容疑者のうち、栗田さんと阿部さんは容疑者にすらならなかった。それが暗示する1つの真実に気付けば、誰だってこの反応になるだろう。

 そして、相変わらず無駄に食いつこうとする水西さんは、やはり吠え続ける。

「あなたは、小松さんが市川さんを部屋から突き落とした、そう言いたいのよね?ならその時間、小松さんが最上階にいた矛盾を解決しない限りは……」

 この意見も、この場にいる全員が思ったことのはず。むしろ、この目撃証言があったからこそ彼女の容疑は晴れようとしていたのだ。

「飯間刑事、被害者の部屋の状況はどうなっていましたか?」

「あ、えっと……現場は吹き荒れる強風のせいで衣類や原稿が散乱しており、窓は本来少ししか開かないはずなのに人為的にロックが破壊され、完全に開放されていた」

「しかも窓のほぼ真下に死体が落ちてる。これを見れば誰でも、と思い込むでしょうね」

 あえて含みのある言い方をしてみた。案の定、警察官たちが一斉に眉をひそめる。無論、真希と水西さんも例外ではない。

 そして肝心の小松さんは———血の気が引けた表情を顔面に貼り付けていた。

「その様子じゃ図星のようね」

「あ、いや……」

 誤魔化そうと顔の前で手を振る。しかし、その手が小刻みに震えてるのは隠せない。

 隠しても無駄なのに……そう思いながら、スマホのメッセージ機能を立ち上げる。既に打ち込んであった言伝を江に送り、既読を確認して刑事に向き合う。

「犯行の手順は簡単です。まず被害者を部屋で意識を奪い、高所から突き落とす……ホテルの構造を理解さえしていれば、最短ルートで監視カメラの目を掻い潜って成し遂げるのも可能です」

 部屋に侵入するのも、彼女なら造作もない。スタッフのフリをしてルームサービスだと声かけたり、素性を明かして友人として部屋に入ることだって余裕だ。

 淡々と推理を連ねる私の横で、真希が割って入ってきた。

「意識を奪うって……スタンガンとか?」

「それだと火傷痕が残るでしょ。多分、鈍器で頭を殴ったんじゃないかしら?」

 挑発気味に推測をぶつけると、小松さんは目を見開いた。瞳孔が、恐怖に煽られて収縮する。

「もし頭部に殴打の痕が見つかっても、高所から転落したときに生じたものだと思い込ませられるから」

「なら被害者を移動させた方法は?彼女の見た目じゃ大人の男を持ち上げるのは大変そうだし、そもそも男を担いで建物内を歩き回るのは危険だろ?」

「ええ。これも予想だけど、ワゴンを使えば女性の力でも堂々と成人男性を持ち運べるわ」

「わ、ワゴン?」

 水西さん、真希に次いで、飯間刑事も食いついてくる。

 しかし、全て想定済みの疑問符だ。

「手足首を縛って三角座りさせ、大きめのワゴンの下段に座らせる。上からシートで覆って目隠しすれば、ただのワゴンを押すホテルスタッフにしか見えない」

 その姿を想像して、大人たちが静かに頷く。

 被害者の手首と足首に残っていた縛られた痕がその根拠だ。あれだけクッキリ痕が残るほど縛ったのは、それだけ身体の固定に必死だったという現れとも読み取れる。

「そしてエレベーターを使い、彼女が向かった先はよ」

「お、屋上、だと?」

 そう呟きながら、刑事は空を仰ぐ。遥か彼方、青空を貫くように建つホテルの屋上を見つめる。が、何も見えないだろう。

 私は黙って電話を繋げると、スピーカー機能をオンにしてスマホをみんなに向ける。

『あー、聞こえてますかー?』

 スマホから流れるのは、今も屋上で風に打たれてるであろう江の声だ。その声に、周囲の大人たちが一斉に振り返る。

「聞こえてるわよ。江は今どこにいるの?」

『スカイグラウンドホテルの屋上ですよ。周囲は高い柵で囲まれていますけど、一ヶ所だけ背の低い柵があったのでそこにいます』

「気を付けてね。ところで———その真下には何が見える?」

『———があります。厳密には、被害者の落下位置からは西に数メートルだけズレてますけど』

 その報告を受け、「ありがとう」と端的に礼を伝えてスピーカーを切る。電話を切ってもいいのだが、折角なので推理ショーに江も参加してもらおう。

 そして改めて、小松さんに向き合う。目の前で何が繰り広げられてるのか分からず、困惑してる表情だ。それなら———


「あなたは、あの屋上から被害者を突き落としたのよね?」



 ———引導を渡してやろう。

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