第114話 消去法

「容疑者が2人に絞れたところで……改めて事件の経緯いきさつについて振り返りましょう」

 脳裏に憎たらしい部長の顔を思い浮かべながら、みんなの前で指を立てる。

「まず事件発生2時間前の朝10時、被害者と阿部さんは一緒にこのホテルへ入りました。このとき、フロントで小松さんと遭遇します」

 そこで昔話に花を咲かせ……花が咲いた雰囲気は無さそうだが、この際内容は置いておく。

「大事なのはそのとき、阿部さんはあまり前向きじゃなかった。そうよね、名古屋の探偵部さん?」

「え?そ、そうよ……」

 水西さんを一瞥すると、動揺を混ぜた反応をみせる。どうやら私の解説に追いつくのに必死なようだ。

「そしてチェックインから2時間後の12時……市川さんは栗田さんの車に落下して転落死した。時を同じくして、最上階で小松さんが目撃されています」

「先程確認したが、複数のスタッフが目撃している。ワゴンをぶっ倒せば、そりゃ印象に残るわな」

 刑事がメモ帳を取り出しながら、証言の裏付けを示す。これで彼女のアリバイは———

「じ、じゃあ、小松さんには事件当時にアリバイがあるから、犯人は……」

 私が話すのを遮る形で、真希が鋭い視線を阿部さんに向ける。その当然の推測を私は、


「残念、彼は犯人じゃない」


 真っ向から否定した。




※※※




 茜を目の前にして、私はできる限りの推理を披露していた。屋上でたった2人、かなり違和感のある状況だが、背に腹は変えられない。

 栗田さんが容疑者になりえないことを伝え、続けて阿部さんも無罪であることを説明する。

「あ、阿部さんも犯人じゃない?」

「はい。消去法ですけどね。フロントでの彼の行動を知って確信しました」

「フロントでの行動って……市川さんと小松さんの会話を遮ろうとしたやつ?」

「そそ」

 スマホを注視しながら、意識の半分は茜に向ける。

「もし彼が犯人なら、間違いなく計画殺人のはず。どうやら事故か自殺に見せかけたかったようですが、もし殺人だとバレたときに真っ先に疑われるのは、無論被害者の同伴者である阿部さんです」

 そんなことは当然だし、事実それが理由で今回は容疑者リストに含まれている。

「その可能性を危惧したなら、犯人は容疑者になりうる者を欲します。そんなとき、フロントで偶然会った知り合いなんて最高のアイテムです」

 そこで話を盛り上げれば、殺害したのちに疑われるのは彼だけにとどまらず、小松さんも容疑者になりうる。こちらも実際にその理由で小松さんは呼び出された。

 そうすれば阿部さんは小松さんの影で雲隠れすることができ、捕まる危険性は半分減る。

「しかし阿部さんは、あろうことか小松さんから市川さんを引き剥がそうとしていた。もしそれが上手くできてしまえば、彼が捕まる確率は高まってしまう」

 その矛盾か生まれる以上、彼を容疑者としてカウントするのは無理があるだろう。

「……ってことは」

 最上階につながる扉に背を預けている茜は、感嘆を漏らしながら自分の推理を広げてるようだ。推理と言っても、容疑者3人のうち2人が容疑者じゃないと伝えただけなので……



「———犯人は、最後まで唯一残ったの容疑者の……」

「はい。———小松さんでしょう」

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