第113話 美咲の推理ショー

「さて、どこから話そうかしら……」

 事件現場の駐車場、そこで青里姉は容疑者3人の正面で顎に手を当てていた。

 どうやら事件の全容を暴いたようだが、本当にそうだろうか?第一、彼女は捜査に同行していなかったはず。

「いや、赤崎ちゃんや緑橋ちゃんから聞けばいいのか」

 いずれにせよ、彼女への疑念は晴れない。例え茜の姉とはいえ、その素性は侮れない———



「この事件の容疑者は、3人じゃない。1人よ」




※※※




「は、はぁ?」

 私が端的に告げた真実に、明らかな疑問符を溢したのは水西さんだった。彼女の猜疑さいぎの視線はひしひしと感じていたが、事件解決においては眼中にない。茜が傍にいないのが気掛かりだが、そのことを深堀するのは後でいいだろう。

「3人じゃない、って……2人は、容疑者にすらなり得ないっていうの?」

「ええ。容疑者ってのは、犯人になりうる人物のことでしょ?この3人のうち、2人は犯人だと絶対にしないことをしてる」

「あ、分かった!」

 何か水西さんが反論しようとした瞬間、割って入ったのは真希の溌溂とした声。

「栗田さんは容疑者から除外できるんじゃない?あの人はホテルに入ってないから」

「それもそうだけど、もっと大事なことがあるわ。栗田さん、あなたが容疑者リストに加わった理由は?」

 話の中心にされた男を見据え、確実に答えられる質問をぶつける。

「えっと……市川が僕の車に落ちてきたとき、その顔に見覚えがあることを口にして、彼と知り合いだと警察に伝わったから、だよね……」

「そうです。そしてその行動が、あなたが犯人じゃないと言ってます」

「ちょっと待って」

 今度は間髪入れず介入する水西さん。

 まさか、まだ分かってないのか。

「それだけでどうして……別の場所から被害者を自分の車に落下させる仕掛けを用意してた可能性だって……」

「———だとしたら、をするんじゃない?」

「なっ……」

 私の落ち着いた指摘に、紡がれる反論が途切れる。

「彼の同行者は歳の離れた妹だけ。もし犯人なら、関係者であることを隠し通して、車が大破された哀れな被害者を演じた方が捕まる危険性はグッと下がる」

「そ、そこまで見越していたとしたら……」

「そうすると捕まる危険性が膨れ上がるわ。デメリットが大きすぎる」

 簡潔に一蹴する。呆気なく論破され、奥歯を噛み締めるしかできないだろう。

 彼女には悪いが、指摘を入れてくれるほど私の推理はより確信をもつ。

「加えて、駐車場で犯行に及ぶのは気が引けるはず。今やどの車両にもドラレコがついてる時代よ。無尽蔵に監視カメラが行き交う場所で何かトリックを仕込めば、どこに何が写るか予想もできない」

 実際、いくつものドラレコを見ても何もなかった。駐車場に特別な準備はなかったと見て間違いない。彼の車が映らなかったのは偶然の結果。

「だから栗田さん、あなたは容疑者ですらない」

「……い、いつから気付いてたのよ」

 反論の余地はないと察したのか、意外な質問がとんできた。

 いつから、か……。

「……最初からに決まってるじゃない。同じこと言うけど、被害者と顔見知りだと暴露するなんて、自分から進んで容疑者に志願するようなものよ?」

 予め知り合いだと分かってるケースは多いが、同時に偶然知り合いが居合わせるケースは少ない。だがどちらの場面でも、違和感は等しく現れる。

 それを見落としてるうちは、探偵失格だ。

「これで、容疑者は実質2人になりました。ですが……ある瞬間から、容疑者はたった1人に絞られる」




※※※




 階段を登り、フロントからこっそり拝借した鍵を使って扉を開ける。キィと錆びついた音が甲高く響く中、扉の向こうから冷たい風が吹き込む。

 そして一歩踏み出すとそこは———屋上。

「あとは美咲さんの連絡を待つだけ……」

「どんな連絡が来るの?」

「———!?あ、茜……」

 背後から聞き馴染みのない声が届き、振り返るとそこには幼馴染が扉から覗き込んでいた。

 全く尾行に気付かなかった。あるいは、たった今着いたのか。

「そんなに私と一緒にいたいんですか?」

「……水西さんの指示よ」

 目を逸らし、ボソりと呟く。横殴りの風が鼓膜を叩くせいで、あまりよく聞こえない。

「てか、ここ危なくない?柵も低いところあるし……」

「あ、ほんとですね」

 彼女の視線の先を追うと、そこには腰くらいに低い柵が一ヶ所だけ混ざっている。

 なんとなくそこに近づき、柵に手を添える。

「ちょ、危ないよ!?」

 茜の警告を背後に、私はその低い柵から上半身を乗り出す。そして真下を見ると———そこには、例の駐車場があった。

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