第111話 新たな証言

 ホテルのフロントから少し離れた場所に、水西さんと茜ちゃんが待っていた。飯間刑事が何か言う前に水西さんが「情報収集は済ませました。擦り合わせましょう」とメモ帳を開きながら言い放った。

 少々戸惑いを見せる刑事だったが、その追撃をしたのは意外にも江ちゃんだった。

「とりあえず見せてもらいませんか?それで情報に過不足があればそのとき対処すればいいですし」

 可愛らしい微笑みを口の端に携えながら、刑事を説得しにかかる。信頼できる相手からの提案だったからか、諦めて水西さんに向き直った。




※※※




「……なるほど、会場フロアか。小松さんの証言通りだ」

 水西さん、そして茜ちゃんが持ってきたデータを精査しながら、先程の事情聴取と比較を重ねる。ただし駐車場にいた栗田さんはホテルに入っていないため、主に阿部さんと小松さん、そして被害者の市川さんの話になりそうだが。

「阿部さんも市川さんも、状況的には犯行が可能ということか」

「しかも被害者と知り合いなら、堂々と部屋に入れてもらえますね」

 つまり、なにかしら口実を使って被害者の部屋に入れてもらい、そのまま窓から突き落とした……。体格的に小松さんだと突き落とすときに抵抗されそうだが、もし被害者を気絶させていたら無抵抗で殺せる。

「でもその場合、計画的な犯行になる……?」

 もし小松さんがスタッフとして市川さんの宿泊を知り、犯行を決意していたなら、予め殺人に必要な道具を準備しておくことはできる。

「……でも仮に犯人が彼女だとしたら、一つだけおかしな点がありますよ」

「江ちゃんさ、勝手に人の心読まないでくれる?」

 澄まし顔で江ちゃんが心の声を聞き取る。しかも、結構頑張った推理を。

「まぁいいや……おかしな点って?」

「それは最初に被害者たちに見つかったことです。もし宿泊のことを事前に知っていたら、その時間にフロントへ行くのは避けるはずです。そんなことしたら、容疑者に含まれる可能性はグッと上がります」

 実際、容疑者になってますし、と付け加える。

 それも見越して、と言いたいところだが、犯人なら容疑者にされるのを一番恐れるはず。江ちゃんの考察が正しいだろう。

「なら小松さんは容疑者から外したほうがいいの?」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「飯間警部!」

 江ちゃんの声を遮って、奥から男性警官が走ってくる。

 なにを急いでいるのか、そう尋ねる前に警官が、

「目撃証言がありました!小松さんは事件発生時、最上階のパーティ会場でワゴンを押しているところを目撃されています!」

「ぱ、パーティ会場?」

 最上階―――20階のパーティ会場は今日は閉まっているはず。スイーツビュッフェは1階の会場だし、名古屋からきた会社のパーティは16階だ。

「そもそも、小松さんって1階の会場フロア担当でしょ?なんで最上階で……」

「……また、訊き直す必要がありそうだが」


 ―――どんな理由にせよ、もしその証言が正確なら、彼女は容疑者から外れるだろう。犯行時に被害者の宿泊する6階ではなく、かなり離れた20階付近にいたことになる。

 無論、トリックを使った可能性もあるが、それなら隣室の阿部さんは勿論、駐車場にいた栗田さんも考えられる。

「……さっきから推理が右往左往してる。これじゃ纏まんないや」

 うーん、と唸り声をあげながら頭を抱える。悔しいが、ここは江ちゃんに頼るしか……

「……なにしてんの?」

 観念してこうちゃんの方を見ると、スマホで何やら調べ物をしていた。

「この地域の天候について、詳細に調べています」

「て、天候?」

 洗濯物でも干しっぱなしにした?でも今日は1日快晴だし……それとも、事件との関連が?

「風は穏やか。なら……真希さん、被害者が落下した位置って、開放されてた窓からどれくらいずれてましたっけ?」

「え?どれくらいって、さすがに覚えて……」



「———だいたい、東に5,6メートルよ」



 ―――その声は、水西さんや茜ちゃんのものではなく。

 いつの間に来たのか、気付く隙もなく気配を殺し切っていた同級生―――

「―――美咲さん!」

「任せて悪かったね、みんな」

 端的に言葉を重ねる様子は、どこか白澤くんを連想させる。あるいは、探偵というのは誰もがこういう雰囲気を纏うのか。

「もう大丈夫なの?」

「私のことより、今は事件の方が大事」

 自分より事件解決が優先―――そのスタンスは、全くブレない。

 その志も、どこか憎たらしい部長さんにそっくりで。

 そして何より―――



「さて、錆びついた殺意を暴く時間よ」



 ―――真相を見透かした瞳は、完全に一致していた。

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