第110話 互いの実力

 それから飯間刑事は必要な情報を得るために事情聴取を重ねた。しかし結果的には、被害者を含めた4人の背景には何か闇があるのでは、という可能性が揺蕩たゆたうのみ。

 果たして全員に動機があるのか、それすらも分からないまま、捜査は切り替わる。




※※※




 それは、美咲さんが回収したドラレコの映像をみんなで確認しているときだった。

「あれ?水西さんと茜ちゃんは?」

 刑事や他の警官に混ざって真面目に見ていた真希さんが、ふと一緒にいたはずの2人が消えたことに気付いて周囲に目を向ける。

「あの2人ならホテルに入っていきましたよ。阿部さんと小松さんの事件当時のことで確認したいことがあるらしいです」

「ホテルで確認したいこと‥‥‥?」

 2人の急な行動に小首を傾げる真希さん。

 しかし実際には、彼女らの判断は誤りではない。事実、私もこのビデオ検証のあとで、飯間刑事とともにホテルへ向かうつもりだった。

 やはり根本は、私たちと同じ『探偵』のようだ。

「あの子たちには他の警官を付けてあるから心配はいらん。今はこちらが大事だ」

 刑事が腕を組みながら、ビデオを注視する。

 いくつものドラレコを確認したが、被害者が転落する直前の、事件現場周辺の映像が見当たらない。ただ、栗田さんが駐車場にやってきた時間に詐称が無いことは確認できた。

「これは本当に偶然なのか‥‥‥?」

 もしこれが偶然ではなく、意図的に栗田さんの車が映らないようトリックを仕込んでいたとしたら、ひょっとして被害者が狙ったタイミングに狙った場所へ落とすようなトリックも準備していた可能性も浮上する。

 もしそんな高度なことを成し遂げていれば、現場になにか跡が残ってるはずだし、美咲さんがそんなの見逃すわけがない。

 考えすぎだ、と一蹴できるが、部長なら可能性の一つとして大切に保管するだろう。


 ‥‥‥ふと、部長の背中を脳裏に浮かべ、それを何となく水西さんの背中に重ねる。

「‥‥‥あれ?なんで水西さん?」

 なんだか異常に座りがいいな。

 あわせて茜の背中に、無意識に美咲さんを重ね合わせる。そして2人がならぶ姿は―――私が憧れ、大好きな先輩の組み合わせとほとんど一致した。

 理由はすぐ分かった。2人の関係値がまるで同じなのだ。

 互いに全幅の信頼を寄せ、事件解決に向けすべての可能性へ奔走する。そこに迷いも不安もなく、真摯に謎解きを噛み締める。

 そう、殆ど一致しているのだ。ほとんど―――


「―――でも、推理力は、圧倒的に足りないですよ」




※※※




 二手に分かれて調べ回ってた私と茜は、数十分後に再集合した。私はフロントで阿部さんについて、茜は小松さんについて。

「どうだった?あかねん」

「……小松さん、別にフロント担当じゃなかったわ。彼女、今日は会場フロア担当だって」

「え?でも市川さんに声かけられたのって……」

「たまたまフロントを通りかかったときみたい」

 なるほど、と心の中で手を打つ。

 会場フロアというのは、噂のスイーツビュッフェのことだろう。もっとも、この事件のせいで中止は免れないだろう。

「じゃあ事件当時、彼女はその会場にいたの?」

「それが、誰も覚えてないの」

「え?」

 なんだかファンタジーな展開になりそうな予感がするが、突然の記憶喪失は本の中だけの出来事。

「今日は特に忙しかったらしく、みんな自分の仕事に手一杯で、スタッフ1人1人の顔なんて見てないって」

 ……つまり、仕事内容次第ではこっそり抜け出して犯行に及ぶことは可能なのか。まして全員同じ制服を着てる以上、個人を認識する必要は一切ない。

 これは、容疑者として適任か。

「水西さん、そっちはどうだったの?」

「うんとね……市川さんと阿部さんがチェックインしたのは10時ピッタリで、事件のちょうど2時間前だった」

「供述と一致してる」

「おおよそ、ね。そのときに3人がしてた会話を聞いてたスタッフはいなかったわ」

 それも会場フロアと同じく、忙しかったからだ。時間的に、チェックアウトする人が多いだろうし。

 会話を聞いてた人がいなかったとなれば、その内容を断片的に知るのは……

「私とあかねんだけ、ね」

「ええ。たしか気が付いたら話が盛り上がってて、阿部さんは後ろめたそうに『早く行こう』と促してましたね」

 これは既に刑事さんに伝えてあるが、これが参考になるとは思えない。強いて言えば、阿部さんは小松さんとの長期接触を避けようとしてたことくらい。

「そういえば、被害者が宿泊したフロアの監視カメラは?」

「残念ながら設置されてなかったわ。きっとここから得られる情報は出尽くしたから、あとは刑事さんたちと持ち合わせた情報を共有しましょ」

「……そうね」

 私の提案に、どこか含みのある返事をする。

 恐らく脳裏には、顔立ちのよく似た姉が思い浮かべられてるのだろう。

 この姉妹を引き裂いた出来事については、詳細には知らない。ただ彼女が名古屋に引っ越した理由であること、そして探偵部に入るキッカケになったことだと聞いている。

「……何が後ろめたいのか分からないけど、無理しちゃダメだからね」

「……ええ」

 相変わらず、無感情な声色を絞り出す。

 薄々勘づいていた。あの「緑橋 江」とかいう1年生にも何かあるのだと。茜のお姉さんと仲良くしてたことから、何となく関係性は想像できるが……。

「っと、噂をすれば」

 遠く、裏口から刑事さんがこちらへ歩いてきた。後ろには探偵部の2人がいる。

 もう1人の「赤崎 真希」という2年生はどこか推理力に欠ける部分を見受けられるが、事件解決に向けて真摯な姿勢があるのは間違いない。どこか拒絶できない、自信と真剣な眼差しが輝いてる。

「さて、その実力は如何程か……」

 この後の展開を想像しながら、私たちは刑事さんを出迎えた。

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