第108話 動き出す捜査
現場では、水西さんと茜が飯間刑事と事件発生時について話していた。
「では事件当時、いきなり被害者は落ちてきて……っと、江に赤崎さん、だっけ?」
刑事は、近づいてる私と真希さんに気付くと、変わらぬ冷静さで名前を呼んだ。
「真希でいいですよ!それより『被害者』ってことは、やっぱり殺人事件なんですか?」
「ああ。手首と足首に紐状の物で拘束された痕が残っていた。加えて、被害者の宿泊部屋を見たら、自殺の可能性はグッと減ったよ」
被害者の部屋は、私が水西さんと出会った場所。そこで茜が来ていることも知り、動揺を重ねたのは記憶に新しい。
だが事件で大事なのはそこじゃない。
その被害者の部屋———606号室には、宿泊に十分な量の衣類で溢れていた。
「もし自殺する気があったなら、トランクから宿泊の準備を取り出すとは思えない。その準備があるってことは、少なくとも死ぬ気じゃないよな」
「な、なるほど……」
刑事の推測に、真希さんが感嘆を漏らす。
もっとも、準備を完了した後に自殺を決意した可能性も無くはないが。
「警察は殺人の線で捜査している。被害者には同伴者がいたらしいから、今その人物を呼んでいる」
「あ!あと、潰れた車の持ち主も呼んだ方がいいですよ!その人、被害者のこと知ってるみたいで……そうだよね?茜ちゃん」
真希さんが、明るく振る舞いながら茜に問いかける。矛先の向けられた茜は、目を逸らして小声で、
「……ええ。男性が落下してきたとき、その車の持ち主が顔を見て『もしかして市川か?』って呟いてたから」
「ってことは、茜は事件発生時にここにいたんですか?」
「私だけじゃなく、水西さんもね」
「———なら、そのときあの窓を見ましたか?」
指し示す先に、606号室の開放された窓がある。明らかにあそこだけ、外側に開ききっているから、屋外から見ても一目で判別できる。
そして、もし人が落ちてきた瞬間に遭遇したら、普通はその人から目が離れなくなる。
そう、普通なら。
「……殺人の可能性に気付いたあなたたちなら、迷わずホテルを見上げたのでは?」
私の言及に、なぜか目を丸くする水西さん。少し間を置いて、ため息を
「凄いじゃない。やはり茜の幼馴染なのね」
「どういう意味ですか?あと、茜が苦虫を噛み潰したような表情をしてますけど……」
「げっ、あかねんゴメンねー!別におちょくったわけじゃないよ!拗ねないで!かわいい!」
「あ、あかねん?」
茜のジト目を見た途端、水西さんの声色がガラリと変わる。突然のハイテンションに一同が唖然となる。
「やめて水西さん。みんな引いてる」
「あっ」
「な、仲良いんだね……」
真希さんが苦し紛れに笑顔をこぼす。そのフォローを受けた直後、水西さんが火を噴いたように顔を真っ赤に染める。
「私のことは無視して続けて……」
「はいはい。で、話を戻しますけど」
頬を引き締めた茜が、刑事に再び向き直る。刑事も2人のやりとりに当てられてるが、その切り替えには対応した。
「えっと、事件当時のホテルだね」
「はい。あの時の窓の状態は今と変わりません。また、その瞬間は窓辺に人影は見当たりませんでした。もっとも、ここからじゃ6階なんて遠すぎるので見逃した可能性もありますが」
人を突き落としたとき、もし不慮の事故なら覗き込んで固まる人が多いが、そうでなく悪意のある殺人なら、すぐ身を引くのも計画に含めることも考えられる。
「もし被害者を落としてすぐ部屋から逃げ出したなら、その周囲の監視カメラに写ってる可能性もあるな……参考人の収集が完了するまで、調べてみるか」
ちょっと待っててくれ、と最後に残して、刑事は部下を連れてホテルへ向かった。
確かに、事件発生時に犯人は部屋にいる必要がある。そして駐車場に人がいたことを踏まえると、長居はしていられないはず。
そうなると怪しいのは、隣室の同伴者だが……。
「そういえば水西さん、被害者とその隣人についてやけに詳しかったですよね?」
脳裏に蘇るのは、彼女と遭遇したあの瞬間。
被害者の市川 晃介さんと、隣室の阿部 太一さんについて、他人とは思えないほどしっかり認知していた。
「あぁ、あれね。実は今朝、ホテルのロビーでチェックインしようとしてた2人を見かけてね」
斜め上を見つめ、思い出すように語り出す。
「どうやらフロントの女性と学生時代の知り合いだったらしくて、市川さんからグイグイと自分の身元について
「そこで、2人のことを聞いたんですね」
「そゆこと!市川さんは最近デビューした作家さんで、このホテルにはいわゆる『缶詰』に来たらしいわ。そんで阿部さんは担当編集さん。あの『
「田名加 啓」と言えば、数々の名作を著してきた凄腕ミステリー作家だ。ベテランでどれもハズレ知らずだが、何故か本人は頑なにドラマ化を望まないらしい。私もいくつか読んだことがあるが、リアリティに満ちた本格サスペンスの臨場感は誇張抜きに一級品と言える。
……と、ついミステリー好きの血が騒いでしまった。今は事件に集中しないと。
「もしかしたら、そのフロントの女性からも話を聴く必要がありそうですね」
「そうね……もし計画的な殺人なら、関係者は誰でも容疑者になりうる」
そう締めくくった水西さんは、茜に「フロントの女性呼んでくる!」と残して走っていった。
「じゃあ私は、車の持ち主の男性を呼んでくるわ」
その背中を見届けてながら、今度は茜が野次馬に向けて歩き出した。
「……結局、私たちだけ置いてかれたね」
「……そうですね」
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