第105話 闖入者

 フロントに事情を伝え、6階付近の部屋に片っ端から内線をかけてもらう。客がいるはずの部屋で応答がなければ、そこが候補になる。

 例の部屋の他に、たまたま客がトイレに篭っていたり、そもそも今だけ部屋を出ており、対応できない場合もある。だが、この時間は客足が遠のくタイミングと踏んでまちがいないはず。

「候補はかなり絞れるはず……美咲さんも同じ考えで私を送り出したんだろうし」

 受付カウンター越しに、スタッフさんに「早くしろ」と無言の圧力をかける。すると、

「ひ、一部屋だけ……606号室の市川いちかわ 晃介こうすけ様だけ返事がありません……」

「よし、そこのスペアキーを持って下さい!すぐ行きましょう!」

「は、はい!」

 目の前の女性スタッフが、部屋番号の書かれたカードを奥から持ってきたのを確認し、2人でエレベーターに走る。


 エレベーターが降りてくるの待っているとき、

「——ん?」

 一瞬、階段の方から視線を感じたが、そちらを見ると誰もいなかった。壁に隠れた可能性もあるが、深追いしようか悩む間もなくエレベーターが到着したため、速やかに乗り込んだ。


 6階に着くと、案内看板に従って一目散に606号室へ。スペアキーでロックを解除してもらうと、チェーンロックはかかっておらず———ドアを開けた途端、強烈な風が廊下へ吹き抜けた。

「うわっ!」「きゃっ!」

 薄目に部屋を見ると、一枚の窓が完全に解放していた。部屋の中で書類や服が中空を舞っている。

 部屋に駆け込み、窓から下へ身体を乗り出す。そこには、さっきの駐車場があった。窓の真下……よりはかなり右にズレた位置に死体がある。

「ここの窓は事故防止のため少ししか開かないようになってるのに……」

 開き切った窓を見つめ、女性スタッフは口を覆っている。よく見ると、窓のロックがボロボロに破壊されている。

「事故にしろ自殺にしろ、警察は呼んだ方がいい。私が現場保存をするので、すぐフロントに戻って責任者に報告して下さい」

「は、はい」

 私のことを疑問視されるのでは、と少しドキドキしたが、どうやらそれどころではないようだ。小走りでエレベーターへ駆け出した。

 送り出した私は、現場保存……をしつつ、部屋の様子を確認した。

 ベッドの横に倒れてるトランクには下着等しか残っておらず、服はすべてクローゼットに並べられていたようだ。ドアが開いてたためか、さっきの猛風で散乱しているが。

 どうにか床に着地した紙を見下ろすと、それは原稿用紙だった。そこにはびっしりと乱雑な文字が連なっている。

「作家さんでしょうか……?」

 だとしたら、缶詰にでもなっていたのか。

 うーんと唸りながら顔を上げると、廊下から気配を感じた。

「誰です?」

 パッと振り向くと、そこには高校生くらいの少女がいた。肩までしか伸びてない髪は、薄い茶色を彩っている。

 もしかして、私たちの騒ぎが聞こえ、気になってきてしまったか。

「すいませんが、ここは立ち入り禁止なので……」



「———作家さんよ、この部屋の人」



 片頬を吊り上げながら、その少女は呟いた。

「は、はい?」

「市川 晃介さん、よね。隣の607号室に宿泊してる阿部あべ 太一たいちさんは彼の担当編集で、今日は2人で取材がてら泊まりにきたらしいわ」

「え、あの……」

「お2人は古い付き合いらしく、仕事以外でも良くこのホテルに来たこともあるって」

 やばいです、こんなに頭の整理が追いつかないの初めてなので。

 何故そんなに知ってるのか。どうしてそんな語り慣れているのか。そもそもあなたは誰なのか。

 不思議な点が溢れ出し、情報処理が下手になってきた。

「まさかこの部屋の人だとはね。茜に言われて最初は怪しんだけど、あなたとフロントさんが駆け込む姿を見て流石に信じたわ」

「な、なんのことを……」

「私たち、最初にあの駐車場で事件に遭遇したの」

「え?」

 思わぬカミングアウトにまた思考回路がフリーズする。

 真希さんが私たち探偵部にあったときの気分ってこんな感じだったのでしょうか……。

「最初は事故か自殺だと思った。でもあの男性、手首と足首に縛られてあざがあったのよ。それを見て、殺人事件か誘拐事件の可能性を危惧してここに至った」

 まるで探偵のような推理の羅列。だが、嘘や作り話をしてる仕草は欠片も見当たらない。

 もし本当なら、下で美咲さんも同じ推理をしてるはず……なら私は目の前でやれることをやらねば。

「……なんにせよ、私はこの部屋を荒らさないよう見張っておきます。あなたも無闇に動かないように」

「それが正解でしょうね。私も下手なことして怪しまれたくないし」

 いやもう既にかなり怪しいけど……。

 心の言葉をどうにか押し殺して、改めて少女に向き直る。

「あなた……何者ですか?」



「私は水西みずにし こう。探偵部員よ」



「こう……?探偵部……?」

 偶然、聞き馴染みのある名前と部名に、思わず目を丸くしてしまった。

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