第104話 殺人の可能性
カフェで女子会……というには物騒な内容だったが、そこで作戦会議を終えた私たちは、店を出て目的地のホテルへ向かった。
無心で歩いていると、ふと周囲の歩行者の大半が自分たちと同じ方向に進んでいることに気付いた。
「ねぇ真希、ほんとにこっちで合ってる?周囲の流れに呑まれてない?」
「問題ないよ。今日はホテルの来場者数が多くて当然だもん」
そりゃ大規模なスイーツビュッフェともなれば、新年の幕開けに浮かれた若者が集うのは想像できるけど……にしても多くないか?
私が心の中で感じた疑問に気付いたのか、真希は正面斜め上を指し示す。その指の延長線上には、会場となるホテルがあった。
「あのホテルの上階で、午後から名古屋の会社のパーティーがあるらしいよ」
「名古屋……」
「何で名古屋の会社が東京でパーティーをするんですか?」
「さぁ?なんにせよ、私たちが行くビュッフェの会場は2階だから大丈夫」
そんな何でもない会話を重ねていると、いつの間にかホテルの入り口が見えてきた。
そして何よりも真っ先に目に入ったのは、入り口から伸びる行列だ。
「すごい並んでますね……」
「あれ?去年はあんなに多くなかったのに……」
「去年は、って……1回来たことあるの?」
「うん。それで凄い楽しかったから、2人を誘おうと思ったの」
……真希と同じ考えの人や、そういった人に感化された人は大勢いるだろうな。
でも行列が出来てる以上、待たざるを得ない。諦めて最後尾を探していると、
「……ん?」
私と江に挟まれて歩いていた真希が、急に足を止める。反射で振り返ると、彼女は耳に手を当てていた。何かを注意深く聞こうとしているようだ。
「どうしたの?名前でも呼ばれた?」
「いや……遠くから女性の悲鳴が聞こえたような……」
「ひ、悲鳴ですか?」
私も一緒に耳をそばだてる。が、勿論何も聞こえない。代わりに周囲の喧騒だけが耳に入る。そのとき、近くを並んでいた女性が小さく息を呑む声がした。
「えっ……この車……」
思わずそちらを見ると、ピンクのニットにデニム姿の女性がスマホに視線を落としていた。画面には、SNSでの誰かの呟きを表示している。
『ホテルの駐車場で人が落ちてきた。まじやばい』
添付してある写真には、ひしゃげた車の上に男が大の字になって倒れている。車はほぼ原型を留めておらず、後頭部から
そしてその呟きの投稿時間は———9秒前。
1分くらい前、真希が遠くで悲鳴を聞いた。写真の転落現場はどこかのホテルの駐車場。そして目の前の女性の反応。
もしこの女性が車で来ていて、この写真の車や背景の駐車場のことを知っていたら。
「———まさか!」
最悪の事態を想定し、私は列から離れて走り出す。咄嗟に着いてきた2人を止めようか悩んだが、そんな余裕はなかった。
行列の合間を縫ってホテルに入り、従業員の男性を捕まえる。
「駐車場ってどこ!?」
「ちゅ、駐車場ですか?入り口から少し歩いたところに1つ、それから裏口側にもう1つ……」
「そっちよ!裏口側の方に案内して!すぐ!」
「え?あ、はい!」
有無を言わさず押し切り、ホテルマンの後ろを距離を維持したまま走り出す。
廊下を真っ直ぐ指差し、「あそこです!」と突き当たりの扉を示す。その奥から、何やら騒ぎ声が漏れ出している。
勢いよく扉を開け外に飛び出すと、十数人が1台の車を囲っていた。
「こ、これは一体……!?」
ホテルマンが目の前で尻餅を突いて声を漏らす。しかし、その姿が気になる者なんてこの場に誰もいなかった。
———目の前には、先程スマホ越しに見た風景が、『死』の臭いと共に広がっていた。
大きく凹んだ車からは弱くブザー音が鳴っており、ガラスは全て砕け落ちてる。
死体は両手足を外に投げ出し、頭部から溢れる血は
周囲の野次馬は唖然としており、今にも嘔吐しそうな青ざめた若者も少なくない。小さな子供が見当たらないのが不幸中の幸いだろう。
「み、美咲さん、あれ!」
後ろから江が声をあげる。振り向くと、彼女はホテルの上階を指差していた。その方向に視線を向けると、一室だけ窓が全開になっている。その周囲に人影は見えない。
「江は他のホテルスタッフとあの部屋に向かって。階数は恐らく6階」
「わかりました」
強く頷き、すぐ駆け出す。部屋番号を当てるなんてここからだと不可能だが、フロントから客がいる部屋にだけ電話してもらい、応答がない部屋だけ実際に確認に行けばいい。春休みとはいえ、平日のこの時間は宿泊客はそこまで多くないはず。
あの部屋を調べるのは江に任せるとして、私は現場を保存しなくては。
一緒に来たホテルマンと真希には戻ってもらい、警察に通報と責任者への連絡を頼んだ。
「駐車場にいた人は、ここに残ってもらうわ。死体に触った人はいないわね。あそこに歩行者通路があるから、そこで固まって警察が来るまで待機しましょう」
流石に死体の目の前で留まらせるわけにはいかないので、少し離れた場所にある歩道に集めることにした。
全員が移動したのを確認して、私は死体のもとへ再び向かった。
見た目は30代前半の男性。血痕の弾け具合からして、かなり高所から落下したと考えられる。
「手首に、縛られたような
ハンカチでズボンを捲り、靴下も少しずらすと、僅かに足首にも拘束の跡が残っている。拉致されていたと予想するのが妥当だろう。
「となると、これは殺人事件か……?」
事故や自殺の線が無くなったわけではないが。
数枚の写真を撮ってから、第一発見者の集団に近づき、
「あの潰れた車の持ち主はこの中にいるの?」
「あ、はい。私ですけど……」
私の問いかけに、異常にか弱い声で男性が返事した。全体的にかなり地味な恰好をしている。
「じゃあそれ以外の人で車で来てる人は、警察が来たらすぐドラレコを提出できるよう準備しておきましょう。1人ずつ私が見てる状態でデータを取り出してもらうから、下手な真似はしないように」
間違いなく潰れた車のドラレコは使えないだろう。それに、もしデータが生きててもロクな映像が撮れてるとは考えにくい。
そして数分かけて、全てのデータを回収した。
最後のデータを回収したところで、ふとある疑問が浮かび上がり、目撃者たちに振り返る。
「そういえばあなたたち、なんでそこまで素直に私の指示に従うの?パッと見これは事故なのに……」
殺人事件の可能性が分かれば、献身的になるのも理解できる。だが、手足の痣のことは伝えてないはず……。
「だ、だってあの人、殺されたかもしれないんでしょ?手首と足首にある痣がその根拠だ、って……」
手前で不安そうに眉をひそめる女性が、恐る恐る口を開いた。
というか、その内容って……。
「あれ?私、それ言いましたっけ?」
「いえ……君たちが来る前に、君たちくらいの女の子がそう言ってたから……」
「……は?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます