第103話 見えない協力者

 美咲さんの表情が徐々に翳りを濃くしていく。何か複雑に考えているようだ。隣で真希さんは、能天気にアップルジュースを飲んでるというのに。

 美咲さんが何を思案してるか、おおよそ予想は付くものの、その不安げな心理は未だ見抜けない。

 ……いや、今は疑問の目を向けるのは美咲さんではなく、部長だ。『目的』とやらの真意を探るのは、来週の新学期が始まってからになるだろうが。

「……ねぇ、2人は私に質問したんだから、私も2人に質問していいよね?」

 これからの計画を大まかに練っていると、真希さんが私たちに向き直った。計画の思案をやめ、美咲さんと目を合わせる。

 はぁ、と分かりやすいため息をこぼし、「答えられることなら」と詰問を許可した。

「んんー、そだね……色々と聴きたいことはあるけど、特に気になるのは、さっきの『幼馴染』かな」

 顎に指を添え、思い出す仕草をしている。

 つい「幼馴染」という言葉を漏らしたのを、今になって後悔する。

「幼稚園くらいからの知り合いなの?親御さん同士が友達とか?」

「幼稚園からの知り合いなのは正解よ。ただ、キッカケは家がたまたま隣だったから」

「そっか!幼稚園だと、歳が1つ違っても関係ないもんね」

「そうね……」

 否定することなく、語尾を濁している。


 やはり———美咲さんは、茜のことを隠すつもりだ。


 青里家と緑橋家の最初の接点は、私の幼稚園初登園の日。迎えのバスを待っていると、隣の家から同じ制服を来た少女が2人出てきた。

 母親同士はすぐ意気投合し、私も2人の少女に気兼ねなく声をかけた。最初は同い年でクラスも同じだった茜と良く遊んでいたが、時期に美咲さんとも交流を重ねるようになった。

 そして小学生になり、縁が途切れることなく親友として2人との日々を楽しんでいた。


 ———茜の心に深く粗い傷を刻んだ、あの日までは。




※※※




「幼馴染といえば……」

 私が美咲さんと江ちゃんの関係を深掘りしていこうと思ったそのとき、美咲さんが真剣な表情で語り出した。一瞬、私に2人のことを探られるのが嫌でごまかそうとしてるのかと勘繰ったが、その疑心は次いだ美咲さんの言葉ですぐ消えた。

「部長にもいるらしいわよ、幼馴染」

「え?」

「そ、そうなんですか?」

 割と衝撃的なカミングアウトに、私だけでなく江ちゃんも目を丸くする。

「あの文化祭の日……というか、それ以前から部室に盗聴器を仕掛けてたの。彼の秘密が暴けないかな、と思って」

「そんなことしてたの!?」

「別にあなたたちに危害を加えるわけじゃないからいいでしょ」

 なんかえらく開き直ってる。『自分の部室を盗聴する』ってなかなかの文字面だ。

「そしたら文化祭の前日、部長が『幼馴染』と称した人から何か情報を受け取っていたのよ」

「なんですぐ私たちに話してくれなかったんです?」

「忘れてたのよ。文化祭のとき、事件に巻き込まれてドタバタしてたじゃない」

「ふーん……」

 うーわ、こんな不服そうな江ちゃん初めて見た。膨れ面も可愛いけど、何がそこまで琴線に触れたんだろうか。

「とにかく……その幼馴染さんなら、部長の『目的』のことを知ってるかもしれない」

「私たちの知らない所で、情報収集の手足として活躍する幼馴染……確かに、心置きなく秘密を共有している可能性はなくはないですね」

「いやでもさ、いくら仲良しの幼馴染でも、『人を殺したい』って伝える?」

「「……た、たしかに」」

 お、珍しく2人が私の言葉に感銘を受けている。

 冷静に考えればこの発想が最初に出てくるはずだが、白澤くんのこととなるとそう無難に終わらない。あの人が信用して頼る相手なら、その幼馴染さんも規格外だと考えたくなる。

「3学期は、その幼馴染を見つけ出すのが中心になりそうね」

「その幼馴染は、色沢高校の生徒で確定なんですか?」

「……その情報が録音されてたのは夜8時過ぎ。他校の生徒でも、タイミングを見て部室に侵入することは可能ね」

「まぁ、何にせよ部長に近づく人間をなるべく警戒していきましょう。私たちが幼馴染の存在に気付いていないと思われてる今のうちしか、隙を見せてくれることは無いでしょうから」

 3人で頷き、意思を固める。最も信頼できて、最も恐ろしい男の腹の内を探るために。

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