第101話 特権

「……さん」

 遠くから、江の声が聞こえるような……

「……さきさん……美咲さん?」

「……ん?」

 目を開けると、江が私の顔を覗きこんでいた。ガタンガタン、という音と一緒に体が小さく揺れる。

「もう、うたた寝しないで下さいよ。もうすぐ真希さんと合流するんですから」

「昨日、夜更かししたからなぁ……」

「まぁ急に誘われたから仕方ないですよね。文句は真希さんへどーぞ」

「言っとくけど私は真希の誘いを断ったわよ。江が家から引き摺り出したんでしょ」

 図星を突かれた途端、目を逸らして知らん顔に徹する。江は私の扱いに慣れているな、と改めて思う。



 きっかけは、昨夜のこと。年が明けて1週間が経過していた。

 夜更かし覚悟で繙読にふけっていると、スマホに真希からの連絡が届いた。


【真希】明日、スカイグラウンドホテルで開催されるスイーツビュッフェに行こうと思うんだけど……2人も行かない?


 それは、私と江に宛てられた、遊びの誘いだった。


【美咲】私はパス。


 面倒なので即答し、すぐスマホを閉じた。

 すぐ既読が2になったので、江もすぐ返信したと思ってはいたが、その内容までは見なかった。

 そして気の済むまで読書に没頭した私は、今朝、江がインターホンを鳴らしたことで目が覚めた。時刻は8時5分だったか。

 そして意識が完全に覚醒したときには、既に私の部屋に入っていた。

「おはようございます。早速、身支度しましょうか?」



 ……そして促されるままに家を出ると、最寄りの駅から電車に乗せられ、今に至る。

 電車で座席に着いてすぐスマホを見ると、昨夜のやりとりの続きが未読として表示された。


【江】私は行きたいです

【真希】じゃあ2人で行こうか?

【江】いや、美咲さんは私が連行します

【真希】……江ちゃんが「連行」っていうと、容疑者にしか見えないよ


「……んで、私はまんまと連行されてるわけね」

「こら、誰が話して良いと言った」

「それじゃ容疑者じゃなくて囚人でしょ」

 私の冷静なツッコミに、ふふっ、と無邪気な笑顔を溢ぼす。

 思わずため息を吐きながら、それを区切りに話題を切り替える。

「そんなことより……この前の雪山での事件以来、真希の様子がおかしかった原因、分かった?」

 僅かに真剣な声色を作ると、江は思い出したようにこちらを向き、

「そういえば……色々と探ってみましたけど、何も得られませんでしたね」

「あの事件、結果的に真希の知り合いは誰も被害を受けてないんでしょ?」

「むしろストーカー被害を防いだと聞いてます。安堵こそあれど、懸念することはないはずです」

 なのに、明らかに暗い表情をする瞬間が増えた気がする。それも……

「……部長が、一緒にいるとき」

 基本的に真希とは部室でしか会わないが、部長が部屋にいると肩の力が入ってるらしい。これは江が見抜いたことだが。

「折角ですから、この機会に尋ねてみます?」

「そうね……部長の前だと訊きにくいことだし」




※※※




 改札を出ると、真希がポニーテールを小刻みに揺らしながら近づいてきた。

「2人ともおはよ!美咲さん、ほんとに来たね」

「私は不本意なのよ」

 普段と変わらない満面の笑顔で迎えてくれる。というのも、ここは彼女の近所らしい。

「じゃ早速、会場のホテルへ行こう!おいしいスイーツたちが待ってるよ!」

「そんな楽しみだったのね」

「でも美咲さん、甘いの好きですよね?」

「え?そうなの?」

「まぁね。嫌いな人なんてそう居ないだろうけど」

 目的地へ歩みを進めながら、なぜか私の好みが暴露されていく。

 さらなる深堀りを警戒していると、意外にも真希の興味は私に向かなかった。

「……なんか2人って、すごい仲良いよね」

 代わりに、に向いたようだ。

「江ちゃんは、美咲さんの意思に反して連れ出すことに成功してるし、そもそも美咲さんの指向にも詳しい。一方で美咲さんは江ちゃんのことに反発する気配もない」

 ……言われてみれば、特殊なのか。

 一つ歳が異なり、2人の繋ぐのは部活。それも、不定期に発生しうる事件を捜査する以外には、部室で積読するしかない。

 他人から見れば、あまり距離感の近くない2人なのだろう。


「特権ですよ———幼馴染の」

「……おさななじみ?」


 江の解答に、真希は可愛らしく小首をかしげる。




 歳の異なる幼馴染が成り立つには、色々と条件が必要となる。

 私たちを繋いだのは、私の妹——青里 茜だということは、真希には内緒だ。

「……絶対に」

 茜との記憶は、私の心に影を射すだけ。

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