第95話 ガキ共の探偵ごっこ

「——俺を呼んでる?」

 大宮さんは、ゆるりと私の方へ振り返り、そう返事した。

 私は白澤くんに指示された通り、食堂で待機していた大宮さんに声をかけに来た。傍には由妃ちゃんとおばあちゃんがいるが、2人に詳細な説明をしている余裕はない。

「でも、手荷物検査までしたんだろ?なら、話すことは何も……」

 先程、白澤くんに見せたような強気な姿勢はないものの、相変わらずこちらの行動に対し消極的な態度を示す。

 私は予め彼に指示されていた内容を思い出す。




※※※




 私が何となく外の氷像を不安視した途端、白澤くんはなにやら目をキラキラと輝かせながら、饒舌に指示をしてくれた。


『いいか——犯人は大宮だ。何としてもアイツをオレのもとに連れて来てくれ』


『きっと奴は協力を拒否するだろう。そのときは、嫌味を混ぜてあおってこい。荷物確認に協力したあたり、余程ごまかせられる自信があるんだろう。だから、今の警戒心は薄い可能性が高い』


『急いで連れてくる必要はない。こっちも準備があるからな』




※※※




 ……彼のことだから、きっと事件の真相を見抜いたのは間違いないんだろうけど、よりにもよって犯人自身を呼び出すのは大丈夫なんだろうか。

 多少は疑問を感じてしまうが、丸ごと否定できるほど私も頭が良くないので、とりあえず忠実に従うことにする。

「きょ、拒否するんですか?それで良いんですか?」

「……何が言いたいんだよ」

 おっと強気になり始めた。虚を突かれた証だ。

「彼は真剣に事件と向き合ってます。何を考えてるか私にも分かりませんが、そんな彼に協力しないとなると……何かやましい事があると疑われても、仕方ないですよ?」

 脳裏に江ちゃんを思い浮かべ、挑発気味に訴えかける。

「別にやましいことなんて……まぁいい、付き合ってやるよ」

 重すぎる腰をどうにか持ち上げることに成功した。部屋を出る瞬間、残った2人の心配そうな視線に気付いたが、私は下手に返事することなく、なるべく柔和な笑顔を返した。




※※※




 赤崎、と呼ばれていた少女についていく道中、俺は思わず頬を吊り上げてしまった。


 ガキ共が探偵ごっこをしてるらしいが、俺が作り上げた完璧な密室を暴くことはできないはず。全く想定外なことが立て続けに起きたが、どれもあの男を殺す障害にはならなかった。

 あの白澤というガキが『自殺じゃありえない』と言い放ったときは本気で焦ったが、それでも俺が犯人だと断言するには足りなかった。


 もしや……あまりにトリックが不可解だから、今から自白するよう懇願でもしてくるのか?

 だとしたら実に滑稽だ。盛大に笑い倒し、ことごとく非難してやろう——。

 そう思い、無意識に笑みを溢してしまう。

 頑張って平生へいぜいを取り繕わなければ——なんて考えていたところ、目の前を歩く少女の足が止まる。

「し、白澤くん?」

 彼女の視線の先で、白澤と呼ばれたガキが立っていた。


 そいつは——俺の寝泊りする部屋のドアにもたれて立っていた。

「なぁ、ここ開けてくれよ。鍵ならアンタが持ってるだろ?」

 ぴちょん、と水の滴る音が聞こえた。

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