第93話 父さんの声
「はいこれ、さっきと同じ紅茶だよ」
そう言って赤崎が、湯気の上る紅茶をオレの前に差し出した。礼を言いつつ、カップに手を伸ばす。
僅かに熱気を帯びた金属部分を避け、熱くないところを摘んで口に運ぶ。
オレが喉を潤すのと同時に、赤崎が小声で囁く。
「一応、キッチンのナイフ見てきたけど……やっぱり、凶器に使われたナイフは元々あそこにあったものみたい。同じ
彼女が小声な理由は、少し離れた位置に容疑者たちがいるから。赤崎からしてみたら由妃さんと千恵子さんは疑いたくないだろうが、オレからしてみれば全員等しく怪しい。
とはいえ、やはり怪しいのは大宮という男だ。事件前後で1人だけ挙動が明らかにおかしいし、沢口さんが自殺だと言い張って止まないのも気掛かりだ。
遠巻きに3人を見ながら、オレは赤崎と作戦会議することにした。
「オレはもう一度現場を捜査したい。赤崎はあの人たちが不審な動きをしないように見張っててほしいんだが」
「えー!私も捜査手伝いたい!」
猫舌なのか、紅茶を息でどうにか冷まそうとしながら、オレの言葉に反応する。
やはり駄々をこねると思っていた。
「とはいえ現場はオレ1人で十分だからなぁ……調べるとしたら他の場所になるが」
「どこでも良いけど、キッチンはもう調べたもんね……」
「いや、コッソリ容疑者たちの部屋を調べるってのはどうだ?由妃さんと千恵子さんのも」
ニヤリと冗談混じりに尋ねてみる。正直あまり意味ないだろうが、『何も無い』ことを探るのも大切だ。
紅茶を口に含みながら考えこむ素振りを見せ、それを飲み込むと返事を決めたようで、
「分かった!私1人でどこまで出来るか分からないけど、頑張ってみるよ!」
※※※
「え?私たちの荷物を調べるの?」
困り顔の由妃さんが、純粋な瞳をこちらに向ける。
「僕じゃなくて赤崎が、ですけど。3人とも調べたいですが構いませんね?」
ここでやはり不満げな表情を呈するのは大宮だ。何故これほど明らかに反抗的なのか。
「なぁ探偵くん……まだ他殺だって言うのか?」
「ええ。先程は密室であったことに思わず驚いてしまいましたが、それさえ解ければ問題は……」
「――でもよ」
突然、声のトーンがグッと下がった。直前までの怪訝な声色はどこへやら。
これは明らかに――怒りの表れだ。
「君と俺が会ったとき、沢口さんはまだ生きてた。違うか?」
それは、あの衝撃音のことを言っているのだろう。オレがあの部屋に向かい、大宮と遭遇するきっかけとなった、あの凄まじい音。
荒らされた部屋の中に、脚が粉砕されて椅子が落ちていた。衝撃音の正体はその椅子の破砕によるものに違いない。
よって『あの時は生きていた』ということになる——と言いたいのだろう。
「あの後、俺たち5人は離れず行動してた。誰にも彼を殺害しに行くことは不可能だ」
「……」
全く、その通りだと思う。
しかし同時に、オレが述べたように自殺だとありえない現象が起きてるのも事実。
その矛盾を解決すること——それを今回の事件で必ず成し遂げる必要がある。
「——悪いが、この不可解な事件を、オレは放っておけない」
大宮と目を合わせ、静かに告げる。
「例え自殺だろうが他殺だろうが、その過程に少しでも違和感があれば、その疑念を紐解き、白日の下に真実を晒す——それが探偵だ」
この事件に背を向けるわけにはいかない。
特に誰かに頼まれたわけではない。まして、事件そのものに興味もない。
しかし、今回の事件は明らかに人為的に成し遂げられた不可能犯罪。
そうと気付いたなら——父さんなら、きっと目を逸らしたりしない。
脳裏には、この世で最も尊敬する男の声が響いていた。
『人為的に完全犯罪が成し遂げられるなら——人の手でトリックを暴くことも可能だ。それも、事件が複雑になるほど、証拠が残りやすい』
そしてその証拠は——本当に些細なものになる。
もしかしたら既に見ているものに含まれてるのかもしれない。
真実を暴く鍵は、きっとそこにある。
「——父さんなら、そう言うだろ?」
誰にも聞かれないよう、オレは小声で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます