第92話 立ち尽くす凶器

「改めて、屋敷について知りたいです」

 オレは、そう言って由妃さんと目を合わせた。

「私が知ってるのは……屋敷にいるのが私たち5人と亡くなった沢口さんの計6人しかいないことくらいだけど」

「由妃さんはいつからこの屋敷に?確か千恵子さんの手伝いで一時的に来ているだけだと伺いましたが」

「ええ、昨日着いたばかりよ。ちなみに大宮さんと沢口さんは今朝訪ねてきたわ」

 今朝……ということは、オレたちが到着する数時間前ということか。

「2人一緒に来たんですか?」

「あ、ああ。たまたま山道で会ってね。お互いの趣味合ったから、意気投合したんだ。

 ははは、と大宮は乾いた笑いを溢す。

 趣味、というのは、さっき言ってた風景写真のことだろう。どこまで本当か分からないが。

「暫く2人で談笑してたんだが、あるタイミングでたまたま屋敷前の氷像が見えてね。あまりの精度に2人で夢中になってたら、吹雪がどんどん強くなって……」

 なるほど、避難のために屋敷に入ったのか。

 そういえばオレたちが着く少し前から降雪は威力を増していたな。

偶々たまたま空き部屋がいくつかあったのでな。見知らぬ異邦人を入れるのは些か不服だったが、仕方なく迎えたまでよ」

 少し語気を強めながら千恵子さんが補足してくれた。

 何にせよ、大宮も含め全員が被害者と初対面だ。もし被害者について調べたいなら、本人の持ち物を探るしかないのか。

 被害者について深堀りできない以上、目の前の人たちを詮索するとしよう。

 まずは大宮……そう思い彼の方に視線を向けると、当人とピタリと目が合った。何故かこちらをいぶかしげにみつめている。

「な、何か?」

「……ずっと気になっていたんだが少年、沢口さんは自殺じゃないのか?探偵だか何だか知らないが、もう何もすることは……」

 そうだ、彼は事件現場を見ている。

 施錠された自室で、被害者の手に握られた凶器。あれを見たら誰だって自殺だと勘繰ってしまう。

「確かに、被害者が自らの手で胸を貫いたように見えました。が、自殺だとすれば不可解な点がいくつもあります」

 由紀さんだけ実際の現場を見ていないが、ここは我慢してもらい、オレの言葉を信頼してもらうしかない。

「一つ目に、左手です。ナイフをよけて確認したところ彼の掌は全面が血に染まっていました。出血の瞬間、そこには凶器があったはずなのに、あれほどベットリと付着するのは難しい気がします」

 証拠として残した写真を出そうか考えたが、もしかしたら由紀さんにはショックな画かもしれないので止めておく。

 掌の違和感は自殺を疑うきっかけに過ぎない。ここからが本題だ。

「自決の方法が刺殺というのも気になります。自らの心臓にナイフを突き立てるなんて、相当な覚悟と胆力が必要です。あの部屋には風呂もあるので、手首を少し切って湯舟に浸すだけで比較的簡単に失血死できるのに」

 加えて、自らナイフを引き抜くなんて異常だ。痛みやら苦しみやらで力なんて入らないはず。

「だ、だが、彼の部屋はすごく荒れていたじゃないか。今思えば、あれは沢口さんが狂っていたからだと思うんだ……何か苦悩を抱えた彼が部屋を荒らして、それでも耐え切れず命を絶ったんじゃないかな、と……」

 頭が狂っていた、か。

 筋だけは通っている。確かにその不安定な精神状態なら、ひょっとしてナイフを抜くのも容易かもな。

 だが……。

「そうだとしても、ナイフが直立していたことは、どう説明するんですか?」

「な、ナイフ?そんなの、手が支えになって……」

「――なるはずがありません」

 大宮の言葉を遮り、ついでに言葉に威圧感を持たせる。

 この場にいる犯人に、恐怖を振り掛けるために。

「常識的に考えて、激痛の中で勢いよく抜けたナイフが握られっぱなしだとは思えません。仮に握られたままだとしても、ナイフ自身の重さに耐えきれず、手ごと倒れるか指の隙間から抜け落ちますよ」

 なにせ握ってるのは空虚に満ちた死体だ。手に力なんて加わる余地もなく、同時にナイフが自立することも物理法則が許さない。

 あの状況でナイフが自立する手段があるとすれば―――死後硬直した手に、後からナイフを添えること以外に、考えられない。



「……それでも、あれは自殺だと思う」

 またしても大宮が反発する。この人、オレの話を聞いてなかったのか?

 溜息混じりに同じ説明を繰り返そうとしたその時、

「鍵のこと、言っとらんかったのう」

 千恵子さんが、口を挟んだ。

 そこにはどこか、申し訳なさが含まれているような……。

「さっき俺と婆さんで沢口さんの部屋を訪ねたとき、まだ鍵が開いてなかったんだ。本当にどうしたんだろう、って思案してたら、ドアの隙間から水が漏れ出てるのに気づいて……」

「玄関周りに水源はない。おかしいと思って、その男にドアを破らせたんじゃ」

 たしか鍵は内側からサムターンを回すタイプのものがドアレバーの下についていたはず。鍵は被害者のズボンから発見済み……ん?

 ちょっと待て。

「ち、千恵子さん!あの部屋の鍵って……」

「当人に渡した一つのみ。合鍵なんぞ誰も持ち合わせておらん」

 その言葉で、オレはすべてを理解し、絶句した。



 大宮と出会ったとき。オレは頼まれてドアを開けようとドアレバーに手をかけ、たしかに施錠されているのを確認した。あの時、部屋から激しい騒音がしたことから、被害者は生存していたはず。

 そしてそのまま食堂へ行き、5人は一緒に行動していた。食事の準備中だって、大宮と千恵子さんは赤崎から離れてないと報告を受けている。

 そして先程大宮がドアを蹴破り、死体が発見された。

 唯一の鍵は被害者のポケットの中。仮に第一発見者のどちらかが犯人だとしても、もう1人の目を盗んでポケットに鍵を仕込むなんて不可能だ。

 ドア以外に脱出経路になりそうな窓も嵌め殺しで、細工された形跡は無かった。


 自殺ならまだしも、他殺だとしたら、犯人が現場にいないと、あの状況な成り立たない。

 つまり、今回の事件は。



「不可能犯罪―――密室殺人、ってことか……」

 ようやく絞り出した言葉は、実に惨めなものだった。

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