第91話 謎解きのピース

 部屋に入り、暗赤色の血の池と無機質な死体を見て、赤崎は一瞬だけ躊躇った。ただ、動揺の面持ちはすぐに消え、オレに向き直った。

「……どこから調べるの?」

 やはりやる気らしい。もはやオレに止めるすべはない。

「まずは現状把握しよう。被害者は沢口 賢士さんだと見て間違いないはず。死因は左手にあるナイフを胸に突き刺して抜いたことによる失血死だろう」

「あ、このナイフ」

「なんだ、見覚えあるのか?」

「うん……血だらけだし手が邪魔で見えにくいけど、多分、キッチンにあったナイフと同じだよ」

 キッチン、というのは恐らく、この屋敷のキッチンだろう。さっき赤崎は千恵子さんと一緒に昼食の準備をしていた。そこでナイフを見たのか。

「凶器の出自は後で確認しよう。それより死体の硬直状態を調べたいんだが、何せこの寒さだから、測るだけ無駄だろうな……」

 死後硬直は死体のある環境次第で安易にズレてしまう。これだけ非日常な空間だと、誤差が生じかねない。

「加えて凶器は死体の左手、パッと見ると自殺のようだが……これは明らかに殺人だ」

「なんだか含みのある言い方だと思ったけど……やっぱり誰かの手によるものなんだね」

「現場を見る限りだとな。遺体発見時の様子によっては変わるかもしれないが」

 よし、とこれからの行動を確定させ、赤崎に向き直る。

 一度現場を離れ、事情聴取すべき相手がいる。この屋敷のことや被害者のことを、改めて把握しておきたい。

「一度食堂に戻ろう。この部屋は封鎖する」




※※※




 お茶を用意しようと廊下へ出てきた千恵子さんを呼び止め、オレたち5人は食堂で腰を下ろした。

 現場については、オレと赤崎以外は立ち入り禁止ということだけ伝え、死体やその周囲の詳細な話は伏せておいた。

 ちなみに通報してくれた千恵子さん曰く、

「警察の到着は早くて明日の朝になるだろうね。この吹雪の中、山道を通るのは厳しく、道路も所々が雪崩で塞がれているだろうから」

 とのこと。つまり、指紋やルミノール検査といった、警察による科学捜査の手は頼りにできないということか。

 かなり厳しい現実に歯噛みしつつ、すぐ切り替えて本題に入る。

「警察が来るまでにある程度の情報収集はしておきたい。なので、皆さんに協力してもらいます」

 特に反論はなく、無言であることを賛成意見だと受け取る。

 目の前の3人の表情は、三者三様だ。

 由妃さんは現場を見てない。その上、ずっとオレたちと一緒にいたから、不安の様子はあまり見られない。

 その隣に座る千恵子さんは、随分と落ち着いた顔付きだ。年の功というものだろうか、それとも……。

 そして2人の正面に座る大宮は、さっきよりはマシになったものの、依然としてうつろな瞳が揺れている。何を考えてるのかさっぱり見えてこない。


 もし外部犯だとしたら、犯人はこの吹雪の中に飛び出すとは考えにくい。そもそも入り口は施錠されており、部屋にも侵入した形跡はなかった。唯一あった窓もめ殺しで、外部犯の線は消していいだろう。

 つまり、犯人はこの3人の中にいるはず。

 犯人を暴くことは厳しいかもしれないが、警察が到着するまでに可能な限り犯人候補は絞っておきたい。

 フッ、と軽く息を吐き、オレは手帳を開いた。

 この手帳にどこまで、謎を解くためのピースを書き込められるか。

 この事件——過程も結末も、未知数だ。

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