第88話 交流会
食堂に戻ると、1人の老婆が座っていた。それも、オレがさっきまでいた席に。
「随分と騒々しいじゃないか、人様の屋敷で」
目を閉じた老婆はぽつりと呟くと、手にしたカップを口に付ける。
白髪が女性の年季を感じさせ、声は鋭く冷徹な印象を与える。しかし、敵意はまるでなく、不快感も見当たらない。
オレが眉を顰めていると、隣の赤崎がパッと表情を明るくさせ、
「おばあちゃん!」
由妃さんと手を繋いだまま老婆へ駆け寄った。
「お、真希ちゃんかい。久方ぶりだねぇ」
「うん!2年ぶりだよ」
そのまま3人で話し込み始める。
そのまま昔話に華を咲かせてほしいところだが、今はそういうわけにいかない。
3人に近づこうと踏み込んだところで、大宮がオレに視線をぶつけてるのに気付いた。
とても友好的な視線ではない。まるで敵意が全開だ。
「……なにか?」
「あ、いや!別にね。ほら、僕らも行こう」
語尾を有耶無耶にしながら、食堂へ誘導される。
——この男、何者なんだ?
小さな疑問が、静かに芽生えた。
※※※
食堂に居合わせた全員が卓を囲み、交流が始まった。
オレと赤崎の自己紹介を終え、次は老婆の順番がくる。ちなみに、オレたちが探偵部であることは大宮に伏せ、単に友人として振る舞うことにした。
「私は
千恵子さんは由妃さんの祖母ということで間違いないだろう。
ふと、屋敷前に並ぶ壮麗な氷像たちを思い出す。赤崎によると、あれの作者がこの千恵子さんのはず。
見た限り、平均よりも健康そうな風体だ。杖も使っておらず、腰も多少猫背という程度で、生活に支障が来してるとは思えない。氷像アートもまた、千恵子さんの健康を支える大切な趣味なのだろう。
長寿と健康の秘訣について尋ねたいところではあるが、それより気になることがあった。
「この屋敷にいるのはこの5人に加えて、先程の沢口さんだけですね?」
千恵子さんに向けた質問だったが、返事をしたのは由妃さんだった。
「そうよ。本当は
『麻美』というのは、赤崎の姉、そして由妃さんの同級生だ。本当は赤崎姉妹でオレを案内するはずだったらしいが、彼女は急用で来れなくなったという。
「彼氏さんと遊ぶ予定ができたらしいよ」
「なんだよー!麻美、リア充してんのかよー!」
嘆きに近い雄叫びを反芻させ、つい本音を漏らしたことに気付いた由妃さんは、すぐ耳を赤く染め上げる。
男性経験がない由妃さんは、ぶっちゃけ恋愛に根から興味がないと思っていた。しかしどうやら、その推測は外れたようだ。
雄叫びが虚空に掻き消えた直後、
「——なら由妃ちゃんは、好きな人とかいないの?」
意外なところから、質問が飛び出した。
一直線に由妃さんを見据えた大宮は、真顔を一切揺るがさない。
一方、突然の質問に動揺した由妃さんは、口をモゴモゴとさせて言葉に詰まっている。
これは、助け舟が必要か。
「ちなみに、大宮さんはどうしてこちらへ?」
落ち着いて、普段通りの口調で、全員の意識をこちらへ、そして問いかけられた大宮へ向ける。
瞬間、目を丸くした大宮だったが、すぐいつもの目付きに戻り、
「……風景写真が趣味でね。今回は雪山の撮影に取り組もうとしたんだけど、たまたまこの屋敷が見つかったものだから、ついでに泊めてもらえないかと思ったんだ。ホラ、こんな吹雪じゃ、テントで野宿は不安だろう?」
言いながら、傍の窓に目を向けた。
風を受けて窓がカタカタと震える。辺り一面、吹雪が駆け巡っていた。
そういえば、屋敷に着いたときより威力が増してる気がする。
「じゃあ、沢口さんは写真仲間なんですか?」
窓の外に気を取られていると、赤崎が追加の質問を大宮にぶつける。
「そうだよ。厳密には、知り合いではあるけど、特別仲が良いわけじゃないんだ」
「じゃあ、なんで一緒に?」
「一緒に来たわけではなくて、たまたまこの雪山で会って、意気投合しただけさ」
よほどこの雪山は丁度いいフォトスポットなのか。それとも……。
由紀さんは言った。この屋敷に、容疑者となりうる男が2人いる、と。
つまり――大宮と沢口、どちらかがストーカー犯の可能性が高い。
疑問点はいくつかある。由紀さんが疑いを持つ根拠は何か、そもそも犯人だとすればこんな堂々と近づいてくるのだろうか。
その辺りも含め確認したいところだが、本人がいる前で懐疑の視線を向けるわけにはいかない。隙を突いて席を外させなくては。
ある程度に方針を固めたところで、オレの中で自制が働いた。
ちょっと待て。俺は由紀さんにアドバイスをしに来ただけだよな?なんで犯人探しまでしようとするんだ?
なんならもう俺の仕事は終了したのでは?
自分でも壮絶な結論に驚嘆が漏れそうだったが、寸前で抑える。ここで注目を浴びるわけにいかない。
赤崎と、一応由紀さんに一言残してから屋敷を去ろう。そう思い立ち上がろうとテーブルに手を乗せた瞬間、
ぐぅぅ~~~。
「あ……」
広すぎる食堂に響き渡るほどの重低音を鳴らしたのは、やっぱり赤崎だ。咄嗟に顔を両手で覆うが、真っ赤に燃え上がる顔はもう見えた。耳まで赤いのは、寒さ以外の原因が大きいだろう。
赤崎の隣では由紀さんがゲラゲラとお腹を抱えて笑ってる。
「ちょっと由紀ちゃん!そんな笑わなくてもいいでしょ!?」
「あははははは!ごめんごめん!」
そんな面白いか?てか大人げないだろ。
「こら由紀、そんなに茶化してはいけないよ。真希ちゃん、お腹すいたなら昼食にしようか?」
「いいね、食べよ食べよ!、白澤くんも食べるよね?」
羞恥を隠すためか、勢いよく
思わず頷いてしまい、赤崎は千恵子さんの手をとる。
「じゃ、用意しに行こ!」
「そうだね……出来ればもう一人手伝ってほしいのだが……」
「じゃあ、僕が行きますよ」
大宮が立ち上がり、2人についていく。
3人が扉の向こうに消えたところで、オレはスマホを取り出し、メールを打ち込む。
『大宮には気をつけろ』
送った直後、1分も経たずして返信が届く。
『りょーかい』
流石に赤崎も大宮が容疑者だと疑ってるだろうが、これで念押しできただろう。
……ここまで深く事件に携わること自体は複雑な心境であるが、流されるままにここまで辿り着いてしまった以上、可能な限り追及すべきだろう。
無論、大宮と沢口が容疑者でないと判断できれば、いよいよオレに出来ることはなくなり、警察の出番だ。それまでは、頑張ってみるのも、決して不利益ばかりではないだろう。
ただ一つ、懸念すべき点があるとすれば……
「これは――オレの『目的』に必要だろうか……?」
天井を見上げ、6年前に殉職した最愛の刑事を思い浮かべる。
その無精髭を思い出し、無意識に頬が緩んでしまった。
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