第5章 氷刃の殺意

第84話 赤崎の依頼

 職員室を出ると、そこには帰路に着こうと教室を後にする生徒が行き交っていた。少なくとも視界に入る限りではクラスメイトが居ないことを確認すると、一直線に部室である図書室(厳密には図書室の隣)に向かう。

「まぁ、仮にクラスメイトがいても、話せる奴なんて居ないけどな……」

 中途半端な自虐で冷笑せせらわらっていると、廊下の向こうから歩いてくる男子生徒と目が合った。ソイツはクラスメイトではないものの、知り合いではある。つまらない自虐に気を取られてしまい、すぐ逃げ隠れすることができなかった。

 目が合った以上、無闇に慌てふためく方が危険だ。まして向こうはニコニコとこちらへ歩いてくる。

 そしてパーソナルスペースに辿り着いたところで、その男子生徒——生徒会書記の三寧 佑磨が口を開いた。

「こんにちは、白澤さん。職員室に用事ですか?」

「ああ。顧問に用事があったんだ」

 内容までは伏せておく。まさか『先日巻き込まれた殺人事件に関して、探偵部の関与を校内で内密にしておいてほしい』という物騒なお願いをしてたなんて、口が裂けても言えない。

 そもそも、公安である白石の存在すら恐らく今回の関係者ではオレしか知らない。すると、もし例の犯罪組織に白石のことが漏れようものなら、事件を解決したオレたち探偵部に白羽の矢が立つ可能性は十分にある。何か組織に関わる情報が漏洩したのでは、と。

「あんたも職員室に用事か?」

「はい、先生から呼び出されまして」

 別にお叱りではないですよ、と加える。

 何せ生徒会役員だ、先生に呼び出される場面なんて往々にしてあるだろう。

 まして会長と副会長は、どういうわけだか書記に圧力をかけていた。弱みを握っているのか知らないが、彼の仕事の負担は大きいだろう。

 邪魔しては悪いので(本当は長話をしたくないだけ)、速やかにその場を離れる。

「それじゃ」

「あ、待ってください」

 書記に背を向けた瞬間、声をかけられ足を止める。首だけ振り返り、続きに耳を傾ける。

「……文化祭のこと、感謝しています。僕に協力できることがあれば、何でもしますので」

「……ああ、元よりそのつもりだ。だが、

 それに、もし協力を仰ぐなら、貸しのある書記だけじゃなく、脅迫材料がある会長と副会長にもできる。協力しよう、という姿勢はありがたいが、今は不要だ。

「必要なときには、連絡する」

 それを最後に、今度こそ部室に向けて歩みを重ねた。




※※※




「依頼を——持ってきた?」


 オレは思わず、赤崎にそんな間抜けな返事してしまった。

 何せ、部室に着いて早速赤崎が告げたものが今までにないものだったから。

「まぁ厳密に言うと、私が『依頼してみない?』って提案したんだけど」

「また厄介事でも起こすつもりか」

「過去に厄介事を起こした覚えはないよ!」

 どんな事情でも、依頼を持ってこられた以上は対応せざるを得ない。まぁ場合によってはお断りだが。

「あ、最初に言っとくけど、私と江はお休みね」

 依頼内容を聞くため自分の席に向かうと、先に部室で本を読んでた美咲が思わぬ先手を打ってきた。彼女の対面で江も何かしらの研究書物を繙読はんどくしており、無言で美咲を首肯する。

「おい、やっぱり厄介事なのか」

 最初のは冗談で言ったつもりだったのだが。

「ま、まぁまぁ、とりあえず聞いてよ」

 嫌だ、と断って騒がれても困るので、仕方なく耳を傾ける。話が終わったら速攻で断ってやる。

「依頼者は高嶋たかしま 由妃ゆきさん22歳、私のお姉ちゃんの高校時代の元クラスメイトで、私も何度かお話したことがあるの」

「22歳……ってことは、お前はお姉さんと5歳違うのか」

「うん、もうすぐ大学卒業だよ。その由妃さんがストーカー被害に遭ったみたいで」

「ストーカー……」

 ストーカー、という単語にはとても引っかかるものがある。特にオレたち探偵部には。


 数週間前にオレたちを含めた多くの人間を恐怖に震え上がらせた、あのテロ事件だ。

 あの時、オレの名誉を狙った首謀者の桐谷がオレを呼び寄せるために使った口実が、確かストーカー被害の相談だった。


「も、もちろん本当の相談だよ?何せ私の知り合いだし」

「それが信用に足ると思ってるのか……っていうかまさか、美咲が断ったのって」

「いや、部長の考えるそれとは違うわよ」

 てっきりテロの再来を危惧して拒否したのかと思ったが、どうやら関係ないようだ。というのも、美咲はあれ以来、異常なほどあのテロを恐れおののいている。基本は表に出さないが、その片鱗を垣間見た瞬間に美咲は全力で忌避行動を起こす。

 余程あの時に強いトラウマを覚えたのか、と疑ったが、美咲がそんな可愛いげのある女じゃないことは良く知っている。もっと別の理由があるはず。


 ——閑話休題。

 例の依頼内容の途中だった。

「今はそのストーカー被害も減ってるようだから、今のうちに対処法を知りたいんだって。でも私の知識じゃアドバイスができなくて」

「それでオレたちに頼ろうとしたのか。てか警察に頼めないのか?」

「それも含めて相談したいらしいよ」

 なるほど、果たして警察に相談するのが最善策なのか、と疑ってるのか。

 結論から言えば警察に駆け込むのが正解なのだが、こういう時は警察に行く勇気がないケースが大半だ。多くは実害がないと警察に言わないのだが、それじゃ既に遅いのは自明。

 大雑把に依頼内容は理解した。ぶっちゃけ面倒だが、1日、いや半日あれば解決するだろう。

「赤崎に免じて、その依頼は受けてやる」

「ほ、ほんと?やったぁ!」

「ただ、その前に美咲たちが拒否する理由を知りたい。まさか面倒だから断ったわけじゃないんだろ?」

「ごめん今良いところだから」

 こ、コイツ……オレが本好きの気持ちを共感できると知ってあしらいやがったな……。

 なんにせよそこまで厄介な依頼ではないみたいなので、往生際良く受け入れることにした。

「それじゃ依頼人に会うこと等含め、打ち合わせたいんだが」

「い、一応連絡は取ったんだけど……会う場所、向こうが提示してきちゃって……」

「は?」

 おい、コイツなんで目を逸らした。何か隠してるな。

「に、日程と集合場所は後でメール送るよ。きょ、今日はちょっと予定があるから先に帰るね。そ、そ、それじゃ!」

 あまりにぎな置き台詞ぜりふを後ろに、赤崎はそそくさと部室を後にした。

 言及する前に逃げられたのは失敗だったが、次会うときに尋問すれば良い。

 問題は——さっきからオレをいやしい目で見つめてくる、部室に残る女子部員2人だ。

「な、なんだよ」

「いやー、珍しいなと思ってね」

 それは、オレが赤崎の依頼を受けたことだろうか。

「断るタイミングを逃しただけだよ。てか断るほどのクオリティの依頼じゃないし」

「違う違う、そうじゃなくて」

 オレの自己弁護を他所に、美咲はスカートのポケットをまさぐると、スマホをオレに画面を見せるように取り出す。そこにはハッキリ『録音中』と書いてあった。


 ……あー、なるほど。


 さっきの美咲の『珍しい』が何を示してるのか分かってしまった。

「ほんと、珍しいですね」

 答え合わせをするように、江が笑顔で言った。


「部長が、私たちに追い詰められるなんて」

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