第82話 交錯
「初対面、とは言わないけど……関係まで、簡単に答えると思う?」
挑発気味に嘲笑う白石は、美咲の言及を綺麗に受け流していた。平一は女同士の静かな衝突に息を呑んだ。
「大家さんは、あなたの認知が欠け過ぎていて懸念してたわ。あそこまで情報が無いのはおかしい。それこそ、自分で計画的に情報を管理しない限りは」
さりげなく例の犯罪組織を匂わせてることに気付いた江は、美咲の心情を瞬間で読み解き、不安を表情に漏らした。
「白石 柚葉……あなた、まさか……」
「———よく、調べたな」
思い切った言及をしようとした美咲の言葉を、平一が遮る。
「情報自体は少ないが、そこから推測して可能性を発展させ、限界まで推理を極めつける……流石だな、美咲」
「……何が言いたいの?」
「ただ、推測の段階で直接追及を始めたのは失敗だったな。これじゃこの人にはいくらでも逃げ道がある」
的確かつ辛辣な評価を発表した平一は、相変わらず美咲に腕を掴まれており、動きは制限されている。勿論、身体能力では平一が遥かに上回るが、彼が美咲相手に強行手段を取らないのは自明だ。
「お前がそこまで彼女にビビってるのは、例の組織の仲間だとしたら、コイツらを再び危険に巻き込んでしまうから、だろ?」
完全に全て見抜かれてると思わなかった美咲は、驚きのあまり手の力を緩めてしまう。平一はその隙を逃さず、素早く自分の腕を拘束から解放する。
思わず「あ」と声を漏らす美咲を他所に、平一はスマホを触りだす。
「安心しろ。彼女はオレの——いや、オレたちの、味方だ」
スマホを見たまま一瞥もくれずに告げる。
白石を見ると、無邪気な笑顔で美咲と目を合わせた。何故か凄い嬉しそう、ということは感じた。
「お前の杞憂だよ、行くぞ」
スマホをポケットにしまい、平一は歩き出した。
「部長の言葉、信じましょうよ」
「……そうね」
中途半端に返事を残し、平一の後を追って残りの3人もその場を離れた。
1人佇む白石は、徐々に小さくなる美咲の背中を見つめ
「……意外とアッサリ飲み込んだなぁ」
よっぽど部長さんを信じてるのね、と心の中でボヤくと同時、ポケットのスマホが震えるのを感じる。
そこには、極めて簡潔なメッセージが表示されていた。
『そこで待っててくれ。後ですぐ行く』
※※※
シトロエンBXで探偵部の帰りを待つ森田は、彼らが訪ねたマンションから少し離れたコインパーキングで愛車を駐めて部員の帰りを待っていた。最初はパソコンで出来る仕事をしたり読みたかった本を繙読して時間を潰していたが、途中から純粋に睡魔に襲われ、仮眠を取ることを選んだ。
そして次に彼が目覚めたのは、車の窓が外からノックされた音によるものだった。
意識を覚醒し音源に目を向けると、握り拳の甲を窓に添えた平一が立っていた。
ロックを解除すると、後部座席の両方のドアが開く音がし、森田が振り返るとそこでは探偵部の女子3人がぞろぞろと乗り込んでいた。
「おかえり。随分と……本当に随分と、長かったね」
「ザッと6時間、ですね……」
3人の真ん中に座る真希が苦笑いで返事すると同時、「遅くなってすいません」と謝罪を挟んだ。「大丈夫だよ」と言葉を濁しつつ、森田は運転席の窓の前でまだ立っている探偵部部長の存在に気付き、窓を開けて会話できる状態にする。
「部長は乗らないのかい?」
「ああ、やり忘れたことを思い出したんだ。そいつらを頼む」
「勿論構わないけど……君は?」
「帰る手段ならいくらでもある。待たせてすまなかった」
それを最後に平一は仲間に背を向けて歩き出した。恐らく先程までいたマンションに戻るのだろうか、と美咲は勘繰ったものの、何故か追いかける気はしなかった。
どうやらさっきの白石への言及が美咲の心に強い負担を与えたらしい。
「今日は大人しく帰りましょう。先生、お願いします」
江が丁寧に先生に頼んだ矢先、森田は「あ、うん……」と返事を濁した。
「どうしました?部長が気になりますか?」
「いや、そうじゃなくて……ほら」
彼の視線の先、とても見覚えのある男がシエトロンに近づいていた。
さっきまで探偵部が協力して事件解決に勤しんでいた、飯間 歩刑事だ。
「こんばんは。すいませんね、うちの生徒が迷惑を掛けました」
「いえいえ、むしろ彼らの協力には感謝してますよ」
森田と飯間の社交辞令を
「ふゎ……なんか私、眠くなってきた……駅に着いたら起こしてね、真希……」
「え、駅?それってどこ?ちょ、もう寝たの?反応してよ!」
「私が行く駅と一緒ですから私が教えますよ。もし真希さんも眠いなら、目的地さえ教えてくれたら起こしてあげますよ?」
「……なんか江ちゃん、美咲さんより大人だね」
「そうですか?」
江の大人びた精神年齢に感嘆しつつ、真希は年上として寝ないことを選んだ。同じく年上である美咲には申し訳ない、と思いながら。
そんな気の抜けたガールズトークの届かないところで、2人の男が不穏な会話を紡いでいた。
「平一くんが、見当たりませんね」
「何か用があるって戻りましたよ。てっきりあなたのもとへ向かったのかと思ってましたが……何か用事ですか?」
「ああ、犯人の部屋から血痕の残った凶器を見つけたと伝えたかったのですが……それよりどうですか、例の進捗は」
「……一歩進んで一歩下がる毎日です。正直、先日のテロが想定外でした」
「彼女も、あのテロによる平一への影響を恐れていた。けど私は、これがチャンスだと思ってますよ」
「ほう。それがあなたの保身手段ですか」
「——それはお互い様だ。文句は言わせませんよ」
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