第79話 揺るがない状況証拠

「しょ、証拠隠滅?何を言ってるんだい?」

 ハハハ……と片頬を吊り上げながら誤魔化そうと口元を取次筋斗しどろもどろに動かすが、明らかに動揺してるのは言うまでもない。

「部屋にあるんでしょ?殺害に使用したゴルフクラブが」

 証拠、という二文字の正体は、ズバリ犯行に用いられた凶器そのものだ。

「実はね、僕があなたのことを疑っていたのは結構早かったんですよ。根拠が薄かったから口にしませんでしたけど」

「……疑った、って」

「その根拠は2つ。まず『凶器にパターを用いたこと』、そして『側頭部を殴打したこと』です」

 人差し指と中指を立て、挑発するようにピースサインを細かく振る。

「この2点は、どちらも『犯人がゴルフ未経験者』ということを示しています。もし経験者ならゴルフクラブの中で最も軽いパターを撲殺の凶器に選びませんよ」

「無造作に取れば、有り得るんじゃないか?」

「いえ、経験者なら持った時の重みである程度違いは分かりますよ。例え他人のセットでもね」

 しかし、伴場の言うことも一理あるのは間違いない。

 だからこそ、予定通り次の手を打つことにする。

「そして第2の懐疑点、側頭部に傷口があること。これってつまり、犯人はパターを横向きに振ったということですよね。まるで、野球の素振りのように」

 現場の廊下は特別広いわけではなかった。勿論、クラブをふるくらいの幅はあるが、にしても普通なら上から振りかぶって頭を叩き割るものだ。

「犯人が野球経験者なら、自然と最も力を込めてスイングできるフォームをしてしまう、そう考えたらあなたに辿り着くのは必然でした」

「実は他の容疑者に野球経験者がいたら?」

「……本当に、嫌なところを突きますね」

 苦笑いしつつ、伴場の的確な指摘を受け止める。

 しかし残念だが、その考えは既に考慮済みだ。

「先程、仲間からの報告がありまして。事件発生前のあなたの目撃情報です。ご存知ですよね?あなたの部屋がある8階を含め一部の階の階段が工事中であるのを」

 江の連絡によると、彼は1時頃と2時頃に移動するところを見られている。しかも、1時頃は階段で駆け下りていったという。

「これはオレの推測ですが、8階に住む人がエレベーターを待たずに階段を走り下りるときの心境は大きく分けて2通りです。『寝坊などで用事に遅刻しそう』しくは『たった今呼び出されて急いで目的地に向かっている』ぐらいかと」

 問題は、伴場が急いでいた理由がどちらかということ。

「偶然ですかね、被害者があなたに電話したのは確か13時前でした。あなたは『14時に来るよう指示された』と言ってましたが、もしその時、『今すぐ来い』と言われていたら……」

「その時、日村先生はすぐ僕を呼ぶ必要があったのか?」

「……これも推測ですが、恐らくオレが原因だと思います。最初に言った通り、オレが今日取ったアポは『昼過ぎに先生を訪ねる』というものでした。しかし、昼過ぎ、という概念は人によって異なります」

 昼過ぎ、という時刻をどう捉えるかは人それぞれだ。16時を昼過ぎと考える人もいれば、15時すら昼過ぎに入れない人だっていてもおかしくない。

「普通あなたへの用事を思い出し、且つオレとのブッキングを危惧したなら、あなたを呼ぶ際はすぐに来るよう頼んだと考えるのが自然でしょう。その用事が短く済むことなら尚更ね」

 やっと伴場からの鋭い反論が収まってきた。

 そう感じた名探偵はこの機を逃さない。

「そして13時過ぎに209号室に行ったあなたは、リビングで日村先生から話をされてる最中に殺害を決行、しかし逃げられ最終的に玄関近くでようやくヒットした」

 そこからの彼の行動は、ハッキリ言って証拠が微塵も無い。よって、全ては平一の想像だ。

「犯行の直後、逃げようとしたあなたは気付いたでしょう。被害者のスマホにはあなたとの電話履歴がある。このまま逃げても、その履歴によって真っ先に疑われるのはあなただ」

 他に来客予定があることも考えられるものの、やはり犯人なら疑いの目を避けたいもの。

「そこであなたは、電話の内容を『14時に来て欲しい』という内容に偽った。そしてリビングの窓を外から割り、あたかも外部犯のように偽装すると、鍵を掛けて自分の部屋に逃走した」

 鍵を掛けて密室にすることで、マンションの住人の疑いも無くなる。もし施錠されてなければ、伴場も含めた住人全員に犯行が可能になってしまい、外部犯の仕業に工作した意味が無くなるからだ。

「しかし当然あなたは気付いたはず。被害者の部屋の鍵を自分が持ってたらマズイのでは、と」

 問題は発見時に鍵が玄関の靴箱の上に置いてあったこと。それを解決しなくては先に進めない。

 しかし、実はその悩みは割とすぐに解決できていた。発見時の状況を想像すれば一瞬だ。

「被害者の部屋に入るために大家さんを呼び出すのは必然です。逆に言えば、死体を発見するのはあなただけじゃなく、隣に大家さんがいることになる」

 事実、あの時彼の隣では大家が腰を抜かしていた。

「無論、部屋を開けた先に死体があれば、誰だって意識はそこに向く。その隙に靴箱の上に鍵を放り込めば、堂々と部屋に鍵を置くことができたはず」

 鍵が投げ込まれた時に壁や靴箱にぶつかる音は、あの時の伴場の絶叫で掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

 鍵から指紋が確認されなかったのは、彼が拭き取った後に戻したことを示している。加えて、迂闊に指紋を残したことから、計画犯罪ではないことも推測可能だ。


「こうして密室は作られ、たった今オレに暴かれたわけだが——まだ推理ショーは始まったばかりだ」


 そうやって、まだまだ続きがあると宣言した平一は、伴場に向けて一枚の写真を見せた。

 そこには血文字で横棒が4本描かれている。

 被害者・日村 勉のダイイング・メッセージだ。


「今度は、2週間前の爆破事件と、今回の殺人事件を結びつける——犯人であるお前すら知らない真実を、見せてやる」


 白澤 平一の推理ショーは、犯人を暴くことに収まらない。

 2週間前の爆破事件——平一も被害者の1人である事件に隠された、陽光の届かぬ真実を暴く時が、次いで始まった。

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