第78話 決意

「ねぇ刑事さん!」

 明るい声色で、真希は飯間を元気よく呼ぶ。まるで、わざと周りに聞かせるかのように。

 そう、そこは209号室のリビング。彼女の傍には、伴場と鈴原が座っている。

「ん?どうした?」

「私たち、後で少し用があるからここを離れるけど大丈夫ですか?」

 私たち、というのは当然探偵部のことだ。

 黙って耳にしていただけの容疑者2人にも、そのことは分かった。

「ああ。構わないよ。今の捜査状況的に余計なことは出来なくて、外の廊下にも見張りの警官は1人もいないからね」

 良く見たら、部屋を徘徊する警官の頭数が増えている気がする。外にいた数人の警官も捜査の手伝いか何かで一度中に入ってきたらしい。

 飯間の返事を受け、真希は安定した元気さで「はーい」と離れていく。どうやら仲間の部員らしき女子たちのもとへむかったようだ。

 すると途端、椅子がゆっくりと後ろに下がり、脚と床の擦れる音が僅かに響く。

「あ、すいません刑事さん」

 立ち上がった伴場は、近くで捜査員に紛れて歩き回る飯間に声をかける。

「ちょっと仕事のことで忘れ物を思い出してしまって……一度部屋に戻ってよろしいでしょうか?」

 すると飯間は、忙しいのか流れ作業のように「ええ、大丈夫ですよ」と軽く返事をして足早に去っていく。

 とにかく許可を得たと理解した伴場は、玄関に向かい歩き出す。リビングも廊下も忙しなく警察官が右往左往しているが、玄関付近はまるで人がいない。

 捜査し尽くしたのかな?と推測しつつ、構わず廊下をすり抜けてドアへ向かう。

 靴を履きドアノブに手を掛けたところで、改めて後ろを振り返る。一切彼を気にする者はおらず、誰も彼も自分のことで手一杯のようだ。

 再度自分が誰の眼中にも無いと確認すると、すぐにドアを開けて外に出る。

 案の定、出た先の廊下に人気は無く、先程の飯間の言葉に嘘は無いことは分かった。


 そう、警官はいないのだ。


 いるのは、たった1人の男子高校生だけで。



「———どちらへ?」



「き、君は……」

「自己紹介は不要ですよね。それより、どこへ行くつもりですか?」

 後ろ手にドアを閉めながら、平一の質問に答えようと頭を回す。

「ち、ちょっと仕事でやり残しがあるのを思い出してしまってね……」

「そうですか。僕はてっきり——」

 平一は廊下の中央で、仁王立ちになって伴場と向き合う。

 組んだ腕は、戦う決意を表している。



「——証拠隠滅に、行くのかと」



 その決意の下に、真実を告げ始めた。




※※※




 時間は少し戻って約10分前。名探偵が真実を見抜いた直後のこと。

 平一はスマホを操作すると、メッセージを送信する。宛先は目と鼻の先で捜査を続ける飯間刑事だ。

 全てを見抜いた以上、平一の行動に躊躇いは無かった。

「ねぇ白澤くん。犯人逮捕に私たちも出来ることはない?」

「ああ、丁度オレも頼もうと思っていたんだ。お前らに協力してほしい」

 勿論3人に断る理由は無く、早速彼の指示が始まった。

 とにかく、犯人を自由の身にしてほしいとのこと。証拠が無い現状では、万が一にも言い逃れされる可能性がゼロというわけではない。それに……

「犯人は、警察に疑われたくない反面、早く自分の手元にある証拠を処分したくて堪らないはず。そこに付け込むんだ」

 他に平一が指示したのは、3人で協力して犯人を動ける状態にしてほしいとのことだった。飯間にメッセージで廊下の警官を一度撤収させてほしいと伝えたので、あとは江のアイデアで真希が動いた。

 本当は美咲がやろうとしたのだが、真希がやけに「自分も協力したい」とうるさいので、仕方なく任せた。

 そして計画通り、犯人候補の1人である伴場が動き出し、外に出たところで———



「……あ、あれ?白石って人、いなくない?」



 美咲の一言で、3人は遅まきながらその異変に気付いた。

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