第77話 真実は
事件発覚かり5時間が経とうとしている。時刻は17時前。もう秋も終わろうとしている最近では、この時間は既に世界を闇夜が包もうとしている。
「時間も時間ですので、聴取の続きは署の方で……」
気を遣った飯間の提案は、しかし容疑者には通らなかった。
「それって、任意同行ってやつ?なら私は嫌よ」
「は、初音……?」
「だって、それじゃ私が犯人みたいじゃない!」
激昂して歯向かったのは、意外にも鈴原だった。確かに尖った印象が強い彼女だったが、ここまで強い怒りを表に示すとは誰も思わなかった。
「でも、それはそれで怪しくない……?」
「う、うるさいわね!とにかく嫌なの!」
恋人の伴場が宥めようと必死だが、見るからに無駄な足掻きだ。
話にならないと理解した反面、ここで容疑者を解放する訳にはいかない。何せ全員に平等に疑いが掛かっているのだから。
即断した飯間は、取り敢えず容疑者を外に待たせることを避け、ある提案を思い付く。
「とにかく、一度中で座って話しませんか?」
その案に否定的な者は誰もおらず、事件現場である209号室で待機することになった。既に十分調べ尽くしたので、彼らが入ったところで問題無いとのこと。
リビングの椅子に座る3人は、しかし彼らの立場も相まって雰囲気は極めて厳格なものと化していた。
遠目にその景色を見ていた探偵部は、捜査が進歩しないことに歯噛みするしかなかった。
「どうですか?犯人、分かりそうですか?」
ピリついた空気感に耐え切れず、江は他の部員に話を振る。
「……ぶっちゃけ、私的にはあの鈴原って女が怪しいと思う。白石ってのも結構気になるけど、平時の様子が謎に包まれてるだけで、今回の事件について関係がありそうには見えないわ」
「平時の様子ねぇ……良く調べたようだな」
「調べた?何のことかしら」
平一の横槍を平然と受け流す。
勿論彼が突っ込んだのは美咲が個人で行った白石調査のこと。
美咲としては、自分が勝手に捜査してることがバレるのは時間の問題だと思っていたが、まさか既に見抜かれていたとは予想もしておらず、一瞬肩が強張ってしまった。とはいえ、その驚愕は
「どうやら鈴原さんは、早く帰りたいというよりは、深く掘られたくないみたいですね。まるで、バレたくない隠し事をしてるかのような」
持論を展開して、江は美咲を援護する。彼女は心理学の目線から推理しているので、みんなの懸念をしっかり言語化してくれる。
うんうん、と頷きながら、平一は頭の中を幾度にも渡って整理する。そのため、彼の相槌は上の空だ。
「部長、何か悩んでるんですか?」
「ああ……ダイイング・メッセージが分からなくてな……」
「それって、あの横棒4本?」
「いや、それもピンと来ないんだが……先週の爆破事件で殺されたテイラーという男が残した『me』って文字がな……」
よりにもよって、今回の事件は先週の事件と深く確かな関連があるように見えるが、その繋がりは実のところ極めて緩く脆いのだ。
平一に合わせて美咲と江も唸っていると、彼らに近づいてくる影に気付き、顔を上げた。
「あ、鑑識さん……」
「君たち、飯間刑事と話してたよね?実は、後で伝えて欲しいことがあって」
今、飯間は容疑者たちと話をしている。とても手が離せる状態には見えない。
「伝言って、何か見つかったんですか?」
「いや、発見があったわけじゃなくてね。寝室で見つかった4種類の毛髪の持ち主が調べ終わったんだ」
「……その内3種類はこの部屋の夫婦と江のものであってました?」
「え?ああ。それは君たちの予想通りだけど……残りの1つは、あそこにいる鈴原さんのものだったよ」
意外なタイミングで容疑者の名前を聴き、揃って目を丸くする。何せ、丁度話の流れが鈴原に疑いの目を向けたものだったからだ。
確かに今日彼女は部屋に来たと証言したが、用件からしてリビングで済むはず。寝室にいた証拠があるのはおかしい。
「分かりました、飯間刑事に伝えておきます……」
口籠るように平一が返事するのを聞いて、鑑識さんはすぐにその場を去った。
とてつもなく重要な情報を得て、鈴原への疑いが一層増したにも関わらず、推理が進歩したとは思えない。
「何もピンとこないですね。真希さんは何か……」
ふと江が真希を見ると、彼女はスマホと睨めっこしていた。周りの話を全く聞かず、画面に夢中になっている。恐らく今の推理大会も耳を通過してるだろう。
「何見てるの?」
「あ、美咲さん。コレ、先週の事件のニュースだよ」
音量を少し上げて、画面を3人に見せる。
そこではアナウンサーが爆破した大学の前で中継する映像が映っていた。
「容疑者3人のことは色々調べたけど、被害者のことを全然調べてないなって思って。それで、この事件で亡くなった生徒さんと日村先生が仲良かったらしいから、もしかしたらインタビューとか出てないかなって」
「もしかして、ネットに上がってる映像全部調べてるんですか?それで見つかったら苦労しな……」
「見つけたよ?」
「「「え」」」
江の小馬鹿にした発言がまるで前振りかのように鮮やかに否定され、思わず3人言葉を漏らす。
スマホを見ると、画面が切り替わり、関係者インタビューが始まる。
最初は大学の近所に住む人や事件を目撃した人の取材映像だったが、3人ほど話したところで次いで見覚えのある人物が映る。
「あ、日村先生」
江の言葉通り、画面では日村が話していた。涙目になりながら、震えた声を振り絞っている。
『被害に遭った生徒は、最近日本に慣れたばかりの子で……苦手な日本語をどうにか使って、コミュニケーションを……昨日も明るく「ミーがお手伝いするヨ!」って、荷物を運ぶのを手伝ってくれて……そんな子が、どうして今回犠牲になったのか……』
涙ぐましく取材に答え、どうにか言葉を繋げているが、その声色は限界に近いことは聞くだけで分かる。余程辛かったのだろう。
「日村先生……良い人だったんだね」
痛切な映像に、真希も少し哀しみを眼に宿して感想を綴る。
とはいえ、これ以外に日村が映るニュースは見当たらず、正直無駄足だと真希は思った。
悲哀を振り切って、平一にこの後のことを尋ねようとしたその時。
「———なるほど。そういうことか」
その言葉が響いた。
「ま、まさか、部長……」
「ああ」
この4人にとって、余計な説明は不要だった。
「全て解けたぜ——犯人も、ダイイング・メッセージも、ありとあらゆる因果関係の全てが」
※※※
時を同じくして。
誰の視線も向いてないと理解すると、即座に動き出した女がいた。
「ちょっとお手洗に……」
そう言葉を濁すと、何の躊躇いもなくリビングを出る。
警察はおろか、探偵部も知らぬ間に白石は209号室を後にしていた。
無論、そのことに平一も全く気付かなかった。
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