第74話 me
場所は戻って事件現場である209号室前の廊下。そこでは容疑者3人の簡単な事情聴取を飯間と平一が
鈴原の話は、2時間後に再びマンションに来た理由を述べたところで一区切りされた。
ちなみにその理由とは、
「日村先生の部屋を後にしたあと、ここの近くの喫茶店で仕事をしていたの。んで帰りに偶然ここの前を通りかかった時に、玄関に人混みと駐車場にパトカーを見つけたから、何かあったのかな〜って。そりゃ、知り合いが3人も住んでるマンションにパトカーが止まっていたら、覗きたくもなるでしょうよ」
とのこと。
また、ドライブレコーダーの映像も確認でき、レコーダーの構造的に
しかしそれは、彼女が容疑者であると断言しているようなもの。警察、そして探偵部の疑いを深めることになったことに、彼女は気付いていなかった。
※※※
「では続いて、あなたは……確か、第一発見者でしたね」
「え、ええ。正しくは、僕とこのマンションの大家さんが、ですけどね」
そして、伴場の事情聴取が始まった。
事件の第一発見者ということもあり、警察にとってはとても重要な人物だ。
伴場が自己紹介をしている間、平一は部員からの連絡を確認していた。しかし、誰からも連絡が来ない。まだ捜査中なのか。
「それとも……情報が少ないのか……」
もし情報が足らなければ、どう足掻いても犯人は見つけられない。内部犯だと特定は出来たのに、肝心の所で迷宮入りしてしまう。
ここは、部員たちを信頼するしかない。
「赤崎は初めてだけどな……」
スマホを仕舞いながら、目蓋の裏に真希の能天気な笑顔を思い浮かべる。
「……不安だな」
仕方ないとはいえ、美咲に付き添わせるべきだった、と僅かに後悔する。
もし真希を美咲か江のどちらかと一緒に情報収集に行かせると、当然だが経験者兼実力者の2人が楽々集めてしまう。それでは、真希の探偵としての成長が出来ない。
だからこそ、情報が元から少なそうな鈴原について集めるよう指示した。僅かでも捜査の雰囲気に慣れてもらうために。
「急げよ、お前ら……」
彼女らの仕事には成功を祈るだけで終止符を打ち、事情聴取に意識を向ける。
「では伴場さん、あなたが12時から事件発覚までの間にしていたことを教えて頂けますか?」
「はい……確か、12時は部屋で仕事をしていましたね。そしたら……」
平一も覗き込むと、そこには電話履歴が表示されている。いくつも並ぶ電話履歴の一番上には『12:57 日村先生』と書いてあった。
「電話で、日村先生から呼び出されまして。用件を伺ったのですが、教えてもらえなくて」
「それで、14時に被害者の部屋に来たものの、部屋から日村先生の返事が無かった。そこで大家さんを呼んで合鍵を持ってこさせたんですね」
平一の推測を伴場が首肯する。これで、伴場が大家を呼んで合鍵を持って来させた理由が分かった。
しかし、12時から平一たちと
「ちなみに、被害者があなたを部屋に呼んでまで話したかったことの内容に心当たりはありますか?」
「うーん、申し訳ないですが、僕にはサッパリ……」
「——me」
「え?」
伴場の隣、鋭く言葉を挟み込んだ女の声に、平一は唖然とする。
その女——白石 柚葉は、たった1つの英単語を呟いただけ。しかし、その一言で時間が止まったかのように皆黙り込む。
「し、白石先生?一体、何を……?」
「私には『日村先生が伴場先生を呼び出してまで伝えたかったこと』の正体に、心当たりがあります」
伴場が歯切れの悪い口調で疑問を提示する中、白石が薄く笑いながら告げる。
この場にいる白石以外の全員が目を丸くしていた。無論、平一も。
「先程からちょいちょい出てるけど、先週の『候喃大学爆破事故』で亡くなった男子生徒が1人いました。名前を
その事故、いや殺人事件は、今回の殺人事件と繋がりが見えないもの。そして、その繋がりを知るのは平一のみ。強いて言えば、探偵部にはその事件の詳細を伝えてあるので、美咲や江なら結び付けることは造作も無いだろう。
先週の爆破——それは、平一が予定外にも巻き込まれたもの。そして、事件の裏側に隠された組織の大きさのあまり、平一がいた事実は世間から隠蔽された、異例の事件だ。
平一はその時の被害者について、事件発生目前に外見は見たものの、名前や出身など身分については何も知らない。白石の言葉で初めて名前を知った平一は、自分の脳裏に先週の記憶を蘇らせる。
やはり、あのビジュアル通り彼は外国人のようだ。
「彼は日村先生の教え子でした。そして、伴場先生は何度も会話を交わしたことがありますね」
「え、ええ。彼も私と同じハーフなので、すぐ意気投合したんですよ」
「伴場さん、ハーフなんですか?」
飯間が驚いて声を漏らすのも無理はない。というのも、彼は容姿も名前もまるで純日本人そのものだから。
しかし、両親の遺伝子や戸籍上の移動内容によっては、こんな境遇になるのは何ら不思議ではない。白石と鈴原は微動だに反応しないところからすると、2人には周知の事柄であるようだ。
伴場は飯間の軽い問い掛けを肯定すると、すぐに「でも」と否定を挟む。
「それと、先週の事故とどんな関係があるんですか?」
「メディアでは発表されていませんが、一部の関係者には明らかになっていることがありまして。実はテイラー君、事故死ではなく人の手による他殺、それも銃殺だったんです」
「えっ!?」「うそ……」
どうやらその真実は伝えられていなかったらしい伴場と鈴原は、明らかな動揺を顔と声に表す。
何せ、その真実が示すところは、テイラーの死が他人によるものだと言ってるようなものだから。
平一は既知の情報なので衝撃は無かったが、代わりに別のものに意識が向いた。
———飯間が、驚いている。
「じ、事故じゃない、だと……?まさか、公安の連中が……」
そのボヤきを耳に入れた途端、平一は彼の真意を理解する。
飯間の反応からして、警視庁捜査一課には、爆破事故だと伝えられたはず。それは、紛れもなく公安の意図するところだろう。故意の殺人という情報が漏洩しないように。平一のことを闇雲にしたこともそれに共通している。
そして、捜査一課があの事件に関わらないわけがない。捜査に参加した警官が情報を一言一句違わず一課内で共有していれば、もし飯間が捜査に参加していなくても情報が届いているはず。
それが無いということは、公安がその警官を首尾良く口封じをしたのだろう。
余程、公安警察は畏怖しているらしい。
例の犯罪組織の影が、僅かでも陽光を
「で、でも、それが事故にしろ事件にしろ、僕とテイラーの死をどう繋ぐって言うんですか!」
伴場の怒声に、平一は今が事情聴取中であることを思い出す。
確か白石は、被害者が伴場を呼び出した動機に該当する根拠を知っていると言った。今はその話の途中だった。
「彼の遺体の傍に、血文字で『me』と書いてあったんです。警察の調べでそれはテイラー君が残した文字だと断定されました」
「それって、まさか……」
「……死者からの
平一の言葉に、張り詰めた空気がさらに厳格になる。
「ということは、その『me』ってのが犯人を……」
「でも、meって『私を』とか『私に』っていう目的格の単語だろ?それのどこが犯人を示して……?」
鈴原に続き、伴場も推測を重ねる。
平一も頭の中で冷静に整理する中、白石が再び口を開く。
「それ、ローマ字で『
「なるほど、『
平一の推理に、白石が「ええ」と頷く。
もし白石の言う通りなら、テイラー殺害の犯人に伴場が視野に入ってくる。
あまりに突飛で杜撰だが、筋たけは通っている推理に、伴場はただ唖然としていた。
「う、うそ、ですよね?そんな、テキトーなことで……」
「……私には何とも言えませんが」
「しかし、どうしてあなたが先週の事件の詳細をそこまで把握しているんですか?」
やはり、警察としてはそこに疑念の目が向く。
いくら何でも関係者レベルの知識量だ。
「全部、日村先生から聞いたんですよ。勿論、事件の詳細も、メッセージの推理も」
「なら日村さんは事件とどんな関係が?」
「単純に、爆破した教室が彼の担当する教室だっただけですよ」
「なるほど……とにかく、あんたは被害者が伴場さんを呼び出した理由は、その推理の解説だと思ったんだな?」
そう言って平一は白石に視線を送ると、真剣な面持ちで肯定する。
もしそれが正しいなら、推理を披露するだけでなく、自首を薦めるつもりだったのだろうか。
いずれにせよ、やはり被害者は先週の事件と繋がりがあった可能性が高い。白石の証言に虚言が無ければ、だが。
「……お2人の話を整理すると、伴場さんは13時前に被害者から呼び出しの連絡を受け、14時に209号室に来るよう指示された。恐らく、先週の事件の推測を伝えるために。しかし来てみると部屋の鍵は掛かっており、インターホンでも応答がなかった。不安を感じたあなたは大家さんを呼び、合鍵を待つ間に彼ら探偵部と会った」
「はい。それで間違いありません」
しかも、探偵部と会うまでのアリバイを証明するものはない。やはり伴場も容疑者と見て間違いない。
ここまでの聴取で2人の扱いはある程度決まったものの、問題は白石だった。
平一は彼女をどうするか決めあぐねていると、スマホが軽快な効果音を2回鳴らす。メッセージが届いた合図だ。それも美咲たちと真希、その両方だと予想がつく。
すぐ開こうと思ったが、その内に白石の事情聴取が始まると厄介だ。
そう判断した平一は、スマホを取り出すことなく飯間の横に立った。
飯間は間違いなく白石を怪しく感じている。
だからこそ、無闇に白石と飯間の間に壁を造るのは危険だ。平一が関わる分、余計に白石を疑問視される恐れがある。
白石の発言に十分な配慮を忘れないよう警戒しつつ、彼女への事情聴取に耳を済ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます