第72話 新たな容疑者

 発見当時、現場に臨場したメンバーのうち、アリバイが無いのは伴場と白石だけだった。

 探偵部は互いに常に一緒にいたことや、森田からの証言もあり疑いは無くなった。飯間は容疑者として見る気は毛頭無かったが。

 また大家は、今日の昼前から伴場に呼ばれるまで、1階の自分の部屋で近所の競馬仲間2人と話が盛り上がっていたという。その仲間たちの証言や、その人たちが訪問するのを目撃した証言などから大家のアリバイは確実になった。

 そしてもう1人———




※※※




「他に容疑者がいる?」

 飯間は、若い警官からそう報告を受けた。

「はい。指示通り本日209号室の呼び鈴を鳴らした人物や、念の為にこのマンションに入った人物を調査し、またエレベーターの監視カメラと照らし合わせて2階を訪ねた人物を捜索しました」

 その結果、玄関で209号室の呼び鈴を鳴らしたのは、探偵部が訪問する約1時間半前である12時半に、女性が1人だという。

 その前になると、数週間前に宅配便が来ただけで、事件に関係ないと見て問題ないと判断された。

「その女性ですが、マンション前に野次馬が数人いたのですが、その中にいたのを偶々たまたま見つけまして」

 説明しながら、警官は飯間を209号室の外へ案内する。

 着いた先、容疑者として名が上がっている3人がいた。

 伴場と白石は流石に慣れてきたのか落ち着いた表情だが、新たに加わった女性は何やら強張った表情をしている。

「ここって、つと……日村先生の部屋じゃないの。それに警察が沢山いるし、外にはパトカーが何台も……先生に何かあったの?」

 険しい目つきで飯間を睨みながら、事の重大さを把握しようと問い詰める。

 彼女の圧迫感に対し、飯間はコホンと一度喉を整え、

「実は先程、この209号室の住人である日村 勉さんが遺体で発見されました」

「い、遺体!?死んだってこと?ま、まさか、そんな……」

「俺も信じたくないけど……」

 徐々に声が弱っていく女性に対し、伴場がさらに弱った声で追い討ちする。女性は頭を抱えて足が覚束なくなり、咄嗟に白石が肩を支える。

「ご、ごめんなさい、白石先生」

「いえ、大丈夫ですよ。私も辛い気持ちは同じですから」

「そのご様子だと……あなたもお二人と知り合い、というより同じ大学の先生ですか?」

 飯間の客観的な指摘に、俯いた女性は反応しなくなる。余程ショックなのか、頭の中を整理出来ずにいるかのように。

「はい。彼女は鈴原すずはら 初音はつね先生、私たちと同じ候喃大学に務められています」

「あと、僕の恋人でもありまして……」

 付け加えるように伴場が説明する。白石が微動だにしないところを見ると、特に隠していることでは無いのだろう。

 どうにか白石の支えから離れた鈴原は、「もう大丈夫」と哀しみを振り切った様子を見せ、飯間に話を促す。

「我々警察は、現場の状況的に被害者の知り合いによる犯行だと踏んで捜査しています。また、監視カメラなどの情報から、犯行が可能で且つ動機が考えられるのはあなた方3人だと思われます」

 忌憚きたんなく見解を告げると、飯間は手帳を開いてペンを構えた。

「というわけで、急で申し訳ないですが鈴原さんから、今日の12時から先程警官に呼ばれるまでの間、何をしていたのかお教え願えますか?」

「え、ええ。今日は……確か12時頃に家を出たわね。それで、12時半頃にここへ着いたはず。勿論、日村先生の部屋を訪ねるためにね」

 彼女の証言は警察の調べと完全に一致しており、何も異論は見当たらなかった。飯間はしっかり情報を手帳に書き留めると、再び鈴原に向き合った。

「ちなみに、何をしていたとかは……」

「えっと……し、仕事の相談よ。1週間前にウチの大学で爆破事故があったのは知ってるでしょ?あれで爆破した教室の真上が私の担当する教室でね。しばらく、日村先生の教室を借りようと思って、その打ち合わせに来たの」

「それは何分くらいですか?」

「多分30分も無かったんじゃない?帰り、車で走り出して数分したら13時からの生放送番組がテレビで始まったし。気になるなら、私の車に付いてるドライブレコーダーを調べてみたら?」

 「そうします」と告げた後、飯間は近くの警官に調べてくるよう指示をする。その警官は、鈴原から車のキーを貰うとすぐに走りだした。

「12時半か……一応、死亡推定時刻からは外れるな……」

「でも、正確な時間は司法解剖してみないと分からないから、グレーってところじゃないですか?」

 平一が後ろから語りかけ、飯間は僅かに振り返りながら「ああ」と返事をする。

「それに、鈴原さんが下の野次馬に混じっていたのも気になります……もしあなたの言葉が事実なら、約2時間後にここへ再び来たことになる。何故そんなことを?」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 淡々と質問をぶつける平一に対し、鈴原は咄嗟に待ったをかける。

 平一が「何か?」とその待ったを受け入れると、

「君、見た感じ警察じゃないよね?というか、高校生だよね?こんなところで何を……というより、刑事さんも何で彼を気にしてないの?」

 純粋な疑問を吐き出し、それに伴場も同調するように頷く。一方、普段通りの疑問をぶつけられ、平一は慣れた様子をみせる。

「自己紹介がまだでしたね。ボクは色沢高校探偵部部長、白澤 平一です。今回の事件で捜査の協力をしています」

「協力って……高校生が、警察のサポートをしてるの?そんなまさか……」

「あ、いや……」

 信じ難い内容に首を横に振る鈴原だが、それを歯切れの悪い否定で遮るのは意外にも伴場だった。

「そりゃ、俺も刑事さんが文句一つ無く彼らを認めてるのは不思議に思ったけど……この子らの話、全部警察みたいな鋭さがあって……」

 そういえば、遺体を発見したときの美咲と真希の会話をこの人と大家は聞いてたっけ、と平一はその瞬間を思い出す。

 あの時、美咲は死亡推定時刻や現場の様子から事故か事件かを冷静沈着に見抜いていた。あんなの見たら、誰だって探偵部の能力を認めざるを得ない。

「まぁそんなわけで、僕らも一緒に捜査していますが、どうぞお気になさらず」

「僕らって、君1人じゃないの?」

 平一以外に高校生の姿が見えないのでそんなことを尋ねたものの、それも想定済みなのか、即座に肯定する。

「はい、今は。他の部員には、別の場所を調査してもらっているんですよ」

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