第71話 疑念の目
「被害者は候喃大学で経済学部准教授を務める日村 勉さん40歳。死因は側頭部強打による急性硬膜下血腫及び
飯間刑事は、手帳に記した事件の詳細を正確に読み上げた。
読む内容はほぼ美咲の考察通りで、真希は改めて彼女の凄さに感嘆した。
今探偵部と飯間が居るのは事件現場となる209号室のリビングだ。
真希を除いた3人は既に部屋に足を踏み入れてるので、部外者に入られても今更ということだろう。加えて、到着した飯間に「一緒に捜査したい」と平一が問いたところ、2つ返事で了承を得た。結果として、周りを鑑識や刑事が歩き回る中で、捜査状況を聞くという形になっている。
「金品はすべて寝室にあり、そのいずれにも手が付けられた跡は無い。空き巣の可能性は低いな」
勿論、一部の最重要な品々は金庫に厳重管理されていたが、財布や腕時計などは目の付くところに放置されており、空き巣ならまず見逃すはずはない。
「問題は凶器だが、部屋中探したがどこにも見当たらなかった。また、リビングとベランダを隔てる窓が外側から割られていた。さらに、発見時に窓の鍵は開いてなかった。このことから、我々は外部犯だと見て捜査している」
そう告げると、飯間は片手で手帳を閉じた。
何か質問があれば、とでも言いたげな顔だ。
その合図を正確に受け取った平一は、玄関に向かってゆっくり歩き始めた。
「警察の捜査に間違いは無いでしょう。僕も最初は外部犯だと思いました……このリビングを見るまではね」
「このリビングに違和感があるのか?あるのは壁掛けテレビと机、それに椅子が4つあり、あとは台所にも最低限鍋やフライパンがあるだけ。確かに質素過ぎる気もするが、勿論リビングの全ての物からルミノール反応は検出されなかった」
机の上にも何も無く、本や音楽プレイヤーなどの娯楽となる道具は全て寝室に纏めてあった。スマホもベッド傍の小さいテーブルの上で充電している。
リビングにあるのは、入り口傍のキャディバッグにゴルフクラブが揃ってあるのみ。実にシンプルな部屋模様だ。
「そう、質素過ぎるんですよ。唯一あるのはテレビですけど、それでもお茶をしたりお菓子を
「じゃあ寝室にいたんじゃない?そしたらリビングにいる必要もないし、あそこならベッドでゴロゴロしてても違和感無いよ?」
真希が平一に自分なりの予想を伝えると、平一は落ち着いた声で「アホか」と返す。
「もし寝室にいる時に犯人が窓を割れば、その音に気付いて被害者は身を守るため寝室に
冷静な返答に思わず真希は頬を膨らませるが、誰も相手にしないのはいつものこと。
「それと、警察が来るまでの間にオレたちの方で勝手に色々調べたけど、あのキャディバッグの中を見て確信しました……『犯人は被害者の知り合いで、外部犯に見せかけるために偽造工作をした』とね」
ポケットに両手を入れたまま、確信を断言する平一を、飯間はジッと見つめた。
「ほう。キャディバッグに何か変なものがあったのか?」
「いや、その逆……本来必要なものが見つからない」
「本来、必要なもの?」
「それはゴルフクラブの一種、パターですよ」
パターとは、ゴルフにおいてグリーンと呼ばれる範囲で用いられるクラブで、一般的にゴルフをする上では必須と言っても過言ではない。
リビングにあったキャディバッグの中には、様々はクラブが合計11本入っていたが、種類の重複はあったものの、パターだけは見当たらなかった。
「勿論、部屋中どこにもありませんでした。ここまでしっかりセットがあるのに、パターだけ無いのはどう考えてもおかしい」
「ということは、それが凶器に使われたのか。でも、それがどうして内部犯への手掛かりに繋がるんだ?犯人が凶器を隠蔽のために持って帰っただけだろ」
飯間の質問に、平一は鼻で笑い解説を続ける。さも当然のように。
「まだ分かりませんか?仮に犯人が外部犯だとして、ガラスを割ることができるほどの鈍器があるにも関わらず、なぜそれを凶器に使用しなかったんですか?」
そこで真希も平一の真意に気付き、ハッと目を見開く。
「そっか……つまり、犯人は部屋のパターを使って日村先生を殺した後、ベランダに出て外からそのパターで窓を割って外部犯に見せかけたんだ……!」
「それも、丁寧に鍵を掛けてな。だから、恐らく窓の破片を調べれば、微量でもルミノール反応が出るはずだ」
頷き、飯間は近くの警官に破片を調べるよう指示した。
その姿を見届ける前に、平一が再び口を開く。
「加えて、リビングの様子からも分かることがある」
「リビングの様子って、簡素的なことですか?」
「ああ。さっき言ったように、寝室にいたとは考えにくいし、トイレも同様だ。恐らく部屋に2人でいたときに犯行に及んだが、どうにか逃げられてしまい廊下で追いついて絶命させた、ってところだろう」
「廊下で話をしてる最中に殺害された可能性は?」
美咲が腕を組みながら、平一と同じく冷静に可能性を提示する。
「無いな。遺体の向きはドアに頭、足がリビングに向いていた。外に逃げてる勢いで倒れた証拠だ。そもそも、凶器がリビングのクラブである時点で犯人がリビングにいたのは間違いない」
「それに部屋の様子からも、犯人がリビングに上がり込んだと推測できますね」
「ああ。これだけリビングの内容が淡白な理由は、部屋で誰かと話をしていたからだろう。話す相手がいれば、別に本やスマホは無くても問題無い」
「それに、相手との関係性や被害者の性格によってはお茶を出さないことも考えられるわね」
探偵部が次々と推測を重ねるのを受け、飯間は小さく「なるほど……」と唸りを上げる。ここまで来たら警察もお手上げだ。
途中で美咲や江が分からないような口調で平一に尋ねる場面はあったものの、最終的には平一の推理を補足するような話し振りだ。きっと2人とも全部分かってる上で、知らないフリをして話を促しているのだろう。
ふと真希は、初めて出会った時の毒殺事件を思い出し、鳥肌が止まらなくなるのを実感する。
警察が舌を巻くほどの推理力。情報量はみんな同じはずなのに、可能性の作り方や候補の絞り方は、繊細で強靭で、故に疑いようのない完璧な推理と化す。警察が頼りたくなるのも納得だ。
「これで内部犯、それも被害者の知人による犯行だと確定させても良いだろうけど……問題は容疑者だよな」
飯間が再び唸り声を上げる。
それに同調するように、平一が「ああ」と軽く返事する。
「玄関のインターホンにカメラが付いてたから、そのデータを見れば209に訪問した人間を調べられるだろ。それで容疑者は絞れるはず」
「あと、発見時に君らと一緒に現場にいた3人も、話を聴く必要がありそうだな」
3人というのは、第一発見者である伴場 巡とこのマンションの大家、そして後からゆっくりと顔を覗かせた白石 柚葉のことだ。
「あ、ああ、そうだな……」
歯切れの悪い返事をする平一を見て、真希は口をへの字に曲げる。
やはり、あの白石という女性に何かあるのかな……?
1人静かに、疑念の目を平一に向ける。
ただ、それが自分1人だと思っているのは、真希だけでなく、美咲も一緒だった。
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