第68話 部長の行方

 終礼を終えたところで、赤崎 真希はすぐに教室を後にした。

 彼女が席を置く2年3組では、金曜の掃除当番は朝の小テストで決まるので、真希の学力ではその心配は欠片も無い。何せ平均より少し良いくらいだと自負してるのだから。

 少し前までならクラスの仲良い友達と帰路につくところだが、今の真希が放課後にやることは決まってる。

 いつも通りに図書室の隣にある部室に入った真希は、部屋にいるメンバーを見てため息をこぼす。

「残念だけど、今日もいないよ」

 そのため息に心当たりある、部活唯一の同級生の女子である青里 美咲が返事をした。

 いつもなら誰よりも早くこの部屋に来て、最奥の椅子で鎮座して読書している男の姿が無いのだ。それも、今日だけでなく今週ずっと。

「今日で5日目……連絡もまともに付かないし……」

「不安ですか?」

「そりゃね。とても風邪をひくような頭脳を持ってるとは思えないもん」

 真希が不安を口にすると、部活唯一の後輩である緑橋 江が反応する。

 聞く限りだと、真希の最後のセリフではまるで平一が人間離れしているかのように響くが、全くの過大評価ではないことを部員である3人は知っている。だからこそ、真希の言葉を否定することなく、話を展開する。

「彼の担任の先生に訊いても、体調不良の一点張りで隠されるし。どうせ白澤くんの嘘だろうけど」

「もしそれが本当なら、確実に部長から一報は貰えますからね」

 無論、クラスメイトも知らないと見た。一応、彼が所属する2年1組に真希の知り合いは数人いるが、全員女子だということもあってか、一切情報は得られなかった。まぁ、仮に男子の知り合いがいたところでオチは見えているが。

 スクールバッグを椅子の横に立て掛けた真希は、今日読むものを山のようにある本の中から精選し始める。本棚に並べられた大量の背表紙を指で順々になぞりながら、ふと無意識のうちにミステリーのコーナーを見ていることに気付く。

 探偵物の定番に、いつの間にか事件に巻き込まれ、音信不通になるせいで身近な人に心配されたり怒られたりするやつがある。の小さくなった名探偵や、じっちゃんの名が掛かってる名探偵も、高校生探偵にして巻き込まれ体質だ。

「まさか……どこかで事件に巻き込まれてるのかな……」

 まるで価値のない懸念をボヤくが、勿論誰も返事してくれない。

 と思ったのは、束の間だった。


「多分当たってるよ、赤崎」


 低音で優しい声色に驚き、すぐ音源である入り口に目を向ける。

 そこには、彼女ら探偵部の名目上は顧問である森田がいた。

「も、森田先生?」

「みんなお疲れ様。まぁ、微塵も疲れてないだろうけど」

 朗らかな雰囲気を表情からも口調からも醸し出しているが、今はその温もりに浸かってる余裕はない。

「多分当たってるって……先生、白澤くんについて何か知ってるんですか!?」

「知ってる、って言うと少し違うな。ついさっき、部長から連絡があったんだ」

 読んでいた本を閉じた真希以外の2人は、座ったまま腕を組むと、

「それで?無断欠席続きのお偉い部長から私たちに何かご命令?」

 少し嫌悪を顔に浮かべつつ、美咲は嫌味口調で尋ねた。

 それは、先生に対するものではなく、言葉通り部長に対する不満だろう。ここまで連絡が無いのが一番気が気でなかったのは、ひょっとしたら美咲なのかもしれない。

「ご命令なんて大層なものじゃない……さっき、電話があってな」

「電話?」

「ああ。『明日行きたいところがあるから、車を出してほしい』ってね。集合場所はさっきメールが届いたけど」

 そう言って森田は自分のスマホの画面を受信したメールの文面にして、3人に向ける。

 そこには『候喃病院第2病棟前 明日13時』と書いてあった。

「別に君らに伝えろとも隠せとも頼まれなかったけど……きっとみんな不安だろうと思ってな」

 その気遣いは本当にありがたいと心では分かってるが、今の3人には森田への感謝より平一への疑問で頭が一杯だ。

「候喃病院って言えば……結構遠いはずよね?」

 美咲が顎に手を添えながらそう言うと、江が相槌を打つ。

「ここからだと車で30分弱ってところでしょうか。ただ、いつも帰る電車の方向的に、部長が住む地域とは真逆のはずです」

「候喃……この名前、最近どこかで……」

 『候喃』という響きに聞き覚えが微かにあるらしい真希が口の中で反芻させていると、美咲がすぐに反応する。

「それは恐らく、6日前に『候喃大学』のある1室で起きた爆破事故のことね。この前まではトップニュースだったから、真希も耳にしたんでしょ。都内で発生したから、最初はテロだと騒がれていた……けど……」

 流暢に説明してたかと思えば、突然言葉が弱まっていく美咲に、真希と江が眉をひそめる。

 その表情はまるで、何かを思い出しているようにも見えた。

「……そういえばその事故、死者はその大学の生徒1名でそれ以外に負傷者がいないって報道してたけど、一部のSNSでは、遺体とは別に現場から負傷した高校生らしき少年が搬送されたって書き込む野次馬連中がいたわね」

「その事故は6日前……部長が音信不通になった前日ですね……」

「まさか、その事故に巻き込まれたってこと!?」

「落ち着いて真希。さっき顧問に連絡があったということは、仮に巻き込まれたとしても、部長は外部と連絡が取れるほどに回復してるってこと」

 美咲にそう諭された真希は、「そっか、取り乱してごめんね」と一言詫びた。

「……整理すると、6日前の候喃大学での爆破事故に何らかの形で巻き込まれた部長は、傍の候喃病院に緊急搬送された。そして、体調が優れなかったのか環境が悪かったのか、今日まで連絡できなかったものの、やっと今日連絡できるようになり、顧問にさっき電話した、と」

 不確定な要素は多いが、筋の通った推理だ。

 しかし、そうなると次の問題は。

「ってことは、白澤くんは明日また何かするつもりなんだね?」

「そういうことだな。俺には移動の足になってほしいってところだろうな……って、あ、青里?」

 見ると、美咲は笑っていた。ただ、女の子らしい可愛らしい笑顔ではなく、悪事を閃いたかのように頬を吊り上げている。

「顧問。明日、私たちも行くわ。ここまで黙っていた挙句、私たちに連絡がとれる環境にいるにも関わらずこの扱い。——上等よ」

 今、美咲は確かに「私」と言った。

 つまり、真希も連行されるのは確定だ。

「というより、私はむしろ部長に弁明の機会を差し上げようとしてるの。これは感謝されて然るべきじゃない?」

 まるで部長から一本取ったかのような口調の美咲に、真希はただ苦笑するしかなかった。

「そんな腹立ってたんだ……ハハ……」

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