第66話 後日談——団欒

『犯人グループは、今回襲撃された会社の幸村 正和社長に恨みがあったとして、綿密な計画と準備の下、犯行に及んだということが、警察の捜査で明らかになりました。また、主犯の桐谷きりたに被告は……』


 部室で、オレはいつもの椅子に座りながらスマホでニュースに注視する。

 ニュースでは、あれから2日経った今も、あまりハッキリした情報が流れてこない。ちなみに、主犯として逮捕された山田 咲はやはり偽名で、本名は桐谷きりたに はるかという。

 裁判の前にカウンセリングする必要があるという情報からすると、どうやら情緒不安定か心神喪失しているのだろう。

 飯間刑事には、探偵部のことは伏せておくように伝えてある。よっぽどのことが無い限りは、オレたちに警察の目が向くことは無いだろう。

 何人かの人質が『高校生が……』と証言をしてるらしいが、メディアはそんな不確定な情報を選りすぐる真似はしない。

 そんな風にニュースを見ながら感慨にふけっていると、顔の右側に赤崎の顔が現れた。後ろから首を伸ばして覗き込んでいる。

「やっぱ、トップニュースになってるね」

「そりゃ、初手で爆破して、常に爆弾の危険があり、しまいには爆弾で脱出だからな……」

 そんな危うく劇場型犯罪になりかねない今回の事件、その裏にはこの会社の闇があった。それは、オレが暴いた『6年前の社員の自殺未遂』というもの。

 案の定、メディアの注目の一部はそこに向き、近いうちに改めて掘り下げられるだろう。そうなれば、あの会社と社長の株はガタ落ちだな。


 そんな過去の話はともかく、今回のテロで誰一人として死人が出なかったのは奇跡だろう。

 唯一、心残りがあるとすれば……


「沢城 涼音……」


 途中でテログループを裏切り、誰にも気付かれずに逃げ出したあの女は、一体何者だったのか。

 山田の部下だったということは、今ごろ例の犯罪組織とやらに戻って腰を下ろしているのだろうか。

 彼女の不可解な行動が、今も脳裏を離れない。


「そういえば、あの後普通に真希を帰したのよね?」

 スマホを切ると、美咲がそんなことを訊いてきた。

「え?ああ、もちろん」

「……とても部長が、懇切丁寧に真希を家まで運ぶとは思えないけど」

「あ、それ私も思いました!」

 おいおい、お前ら……。

 もはや反論する気も湧かないほど言いたい放題してくれるもんだ。いや、反論すべきなのだろうか、ここは。

 すると、オレが反論するより先に、赤崎が口を開いた。

「大丈夫だよ?ちゃんと連れてってくれたみたい」

「何で真希が分かるのよ?」

「お母さんが言ってたの。『男の子が辛そうな顔して背負ってきたから、真希を部屋で寝かせた後にすぐ車を出して送ってった』って」

 まぁ、つまり、オレは赤崎母に有難いことに家まで送ってもらえたのだ。ついでにお茶を貰えたことは内緒だけど。

 正直、辛い顔をしてたつもりは無かったものの、頭の半分以上は『場合によっては泊めてもらえないかな……』という考えが占めていた程に、疲労と怠慢が積み重なっていた。

 ……なんか2人がジト目で見つめてくる。

「狙ったな」「狙いましたね」

「狙ってねぇよ!」

「え、狙ったの?」

「だから狙ってねぇ!」

 そんな高度なことが出来てたまるか!第一、会ったことも無い同級生の母親を操るって、江でも厳しいだろ!

「……まぁ、部長は今回特に成果を出したんだし、目を瞑っておきますよ?」

「なんでオレが悪者になってる」

 何なら赤崎母に失礼だろ。

「ねぇ、そういえば、白澤くんって、今回あんなに頑張ったのに誰にも労われないんだよね?」

「んなもん別に欲しくないけどな」

「じゃあさ、みんなで慰労会しようよ!私、幹事やるからさ!」

 今、欲しくないって言ったぞ。

「お、良いですね。私も賛成です」

「私も。部長は強制参加ね」

 何故かこいつらと話す度に人権が欠けていく感覚になる。凄いモヤモヤする。

「じゃあ、早速行きますか!」

「え、今行くのか?」

 思わず赤崎を引き止める。

 そういうのってもう少し予定立てするものじゃないのか?

「どうせ、この後もずっと本読むだけでしょ?1日くらい大丈夫大丈夫!」

「だそうですよ。部長、行きましょ?」

 赤崎に次いで、江がオレのリュックを持って廊下へ出た。

「お、おい、勝手に持ってくなよ」

 急いで立ち上がり、追いかけようとして、


「——なんか、いつも通りね」

 廊下に聞こえない声で、美咲がそう呟いた。

 一瞬、その言葉に目を丸くしたが、すぐにあの日の赤崎の姿が脳裏に蘇る。

「ああ。安心するな」

「やっぱ真希は、能天気に飛び跳ねてないとね」

 例によって決して褒めてないが、そんな美咲の皮肉もいつも通りで、そのことにも思わず頬を緩めてしまう。



 あの日、最後まで皆を守れて、信じ抜くことが出来て、本当に良かったと、この日常を見て思う。

 心の底から、安寧が湧き上がる。


「行こうか」





【第3章『烈日の記憶』 終】

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