第65話 烈日の記憶

「……飯間刑事」

 オレはなるべく声を潜めて、そこに歩いていたよく知った刑事に声を掛けた。

 刑事はオレの声に反応して振り向くと、一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに戻った。恐らく背中の赤崎のせいだろうか。

「大丈夫なのか?君も、その女の子も」

「ええ。お互い、疲れがピークみたいですけど」

 自嘲気味に笑うと、刑事はいつも以上に真面目な顔で、

「送迎用の車が欲しい……って訳では無さそうだな」

 それはそれで有難いが、そんな気概は一切無い。

「単刀直入に頼みます。あの女——山田 咲と名乗る、この事件の主犯と話がしたい」

 正直、かなり厳しいと思っていた。

 何せ、この事件においてこの上ない重要参考人なのだから。

 案の定、刑事は意外な表情を含ませたものの、何か考え込む素振りをみせる。

 パトカーで既に連行されていたら、という懸念もあったが、悩んでいるということはどうやらまだいるらしい。


 10秒ほどして、刑事は嘆息すると、

「……特別だからな」

 顔を背け、短い歩幅で足を進めた。

 その気遣いと、喜ばしい判断に感謝しつつ、オレは覚束ない足取りでついて行った。




※※※




「面会は10分だけだ。10分後に警官に入ってもらう」

 その言葉を最後に、刑事はテントから出ていった。

 それにより、テントの中には3人しかいない。

「……その子、大丈夫なのか」

「ああ、疲れて眠ってるだけさ」

 目の前で完全に拘束されて山田は、服が灰色無地のシャツに変わっていた。服に武器を隠している可能性を危惧したってところか。挙げ句の果てに手足に手錠が嵌められており、見た目はすっかり中世ヨーロッパの囚人だ。

 一方、当の本人はオレよりも隣の長椅子で寝ている赤崎に視線が向いてるみたいだが。

「お前から、私に会いに来るとはな」

「急用でね。あいつらには聞かれたくなかったし」

 赤崎は眠っているからノーカウント。

「余計な話は無しだ。オレの質問にだけ答えろ」

「お喋りは嫌い?それとも、さっきまでそのお喋りで危うく爆破しそうになったのがよっぽど怖かった?」

 ……確かに、あのまま山田の手の平に乗せられて話し続けていたら、もしかしたら時間を迎えてしまったかもしれない。ギリギリのところで3人か来てくれたことで、その結果だけは回避できたのは紛れもない事実。

 だが。

「今は関係ない。オレが聞きたいのは父さんのことだ」

「そんなことか。悪いが、私にある接点は10年前に一度だけ。それで私の環境が狂わされたのは間違いないが、それ以上は何も——」

「そこじゃない。いや、そこにも何かあれば良いと思ってたが、無いならそれで構わん」

 声色は低いまま変わることなく、淡々と考えを述べる。

 こいつ、オレの目的が分かってて、意図的に話を逸らしてるな……?

「じゃあ——」


「——お前は、どうやって6年前の父さんの死を知ることができたんだ?あの事件——いや、あのの詳細は報道されなかったはずだ」

 遮るように、そして怨念のように質問をぶつける。

 オレが知りたいのは6年前の真相——それだけだ。

「……怖い顔するなよ。折角のイケメンが台無しだよ?」

戯言されごとなんて聞きたくない。質問にだけ答えろ」

 同じ忠告を繰り返し、怖いと言われた表情は維持したまま一途に問い詰める。


 10分なんて、短すぎる。

 1時間も、2時間も掛けて、コイツに如何なる拷問をしてでも、父さんに関する情報を洗いざらい吐いてもらわなくては。

 こんな機会、2度と無いかもしれないから。


「その質問……私が答えたところで、私にどんなメリットがある?そんな無価値なことを、さっきまで因縁の敵だったお前にしてあげるとでも——」

「するさ、お前なら」

 この返事は予想がついていた。

 ここまでの邂逅で、この女の性根が腐り切っていることは分かっている。

 一縷いちるの希望を信じて、ストレートに尋ねたものの、結果は完全に的外れだ。

 だが、ここでオレが手を引くわけがない。

「飯間刑事から聞いたぜ、お前が主犯になって西村を庇っているってな。いくらでもアイツに責任転嫁できるのに、進んで罪を重くしようとしてるのは、何でだ?」

「……」

「それは、より長く刑務所に閉じ籠っていたいからだろ?無期懲役にでもなれば万々歳だな」

 さっきよりも軽い口調で、心の底まで見透かしてみせる。

 山田の顔色を見る限り、どうやら図星らしい。

「10年前、お前が失敗を犯したとき、所属する組織に居辛くなったって言ったよな?そして今回は失敗どころか、逮捕までされた。こうなればお前は、釈放後の居場所があるとは思えない」

 だから、罪を自ら増やすことにより、帰る必要性を無くしたい。大体の予想はつく理由だな。

 明らかに組織とやらでのポジションを意識している彼女だからこそ、真っ先に考えたのはそこだろう。

「さて、ここからが本題だ。——もしお前がオレの要求を無視する場合、今回の事件で数少ない貴重な証言者であるオレが、あの知り合いの刑事を通して証言してみせよう」

 一呼吸置き、改めて眼前の犯罪者を見据える。


 脅すつもりで。



「お前の罪が軽くなるようにな」



 オレが勝てるなら、幾らでも嘘を吐いてやる。

 オレが勝てるなら、幾らでも犯罪に手を染めてやる。

 オレが勝てるなら、幾らでも正義をかたってやる。

 オレが勝てるなら、幾らでも悪魔に魂を売ってやる。

 これは、『交渉』という名の『脅迫』だ。

 もはや片方は選択できない2択を与え、オレは結果的に自分の手を汚さない。

 誰にも気付かれず、知られず、疑われない。



 全ては、あの日——業火に包まれ、絶望が満ちた、忌まわしき烈日の記憶のため。

 忘れるためではなく、思い出すために。

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