第64話 閑談

 14階での舌戦から数分後。


 オレは美咲たちに連れられて1階に来ていた。

 エントランスはシャッターが壁を支配しており、辺り一面に救急隊や警官が忙しなく活動している。

 幸いなのは、人質に怪我人がいないことだろう。オレの記憶が正しければ、探偵部以外は誰一人として抵抗しなかったはず。

「なんでシャッターは上がらないんだ?サイバー制御室に警察はもう行っただろ?」

「恐らくですけど、1カ所だけ爆破して穴を開けたのが原因かと。もしここのシャッター全てが連動して操作される仕組みなら、あそこのせいで操作が効かないのでは」

 江が隣から丁寧に説明をくれて、「なるほど」と相槌を入れる。

 外に出た所で、オレは歩みを止めて振り返る。

「まぁ何にせよ、オレはもう疲れたから帰る。お前らはどうす……」

 部員3人に気を遣ったつもりで尋ねたが、3人の顔はしっかりと疲労か現れていた。特に赤崎。

「・・聞くまでもないか」

 薄く笑い、オレはまた帰路に着こうとしたその時、



「終わったん、だね……」



 とても弱りきった、女々しい声が耳に届いた。

 改めて振り返ると、赤崎の顔が少し微笑みを携えていた。

 瞬間、何故微笑が生まれたのか問い詰めようとしたが、それをするまでも無く予想がついた。


 ——美咲と江が、赤崎に微笑みを向けている。

 『お疲れ様』とでも言いたげな表情だ。

 下手すれば大勢の命を奪いかねないテログループと戦った後だというのに、その表情は戦う前より柔らかく、凛々しかった。

 ——きっと、赤崎も自分なりに頑張ってくれたんだろう。

 美咲や江が立ち向かう姿は想像できるが、赤崎は正直あまりイメージできない。何せ、普段の様子がアレだからな。

 いつものことを思い出し、オレは僅かに吹き出しそうになるのを堪える。良かった、それくらいの余力はあるみたいだ。

 オレ自身もカッコ悪く感慨にふけっていると、

「ねぇ、美咲さん……肩、貸して……」

 か細く呟き、緩い勢いで赤崎が美咲に体を傾ける。美咲がその肢体を全身で受け止めると、困ったような顔でオレを向く。

「ねぇ、私の帰り道、この子と別なんだけど。この子、送ってくれない?」

「おい、まるでオレが赤崎と同じ方向みたいな言い方だな」

 奇遇だが、オレも道はまるで違う。

 勿論このまま放っておく訳にもいかないが、だからと言ってオレもついて行ったら最後な気もする。割と体も限界だし。

 江に任せるという手も無くは無いが、この子も疲労は凄まじいだろう。第一、服の乱れから武力的な衝突があったのは自明だ。

「……」

 美咲が無言でこちらを見つめる。もはや頭を回すことすら面倒なのか。

「……」

 ……そういえば、今日特に大変だった理由って、何だったっけ。

 武装者との戦いで肉体的な疲労はある程度積んだものの、途中の移動や敵との舌戦の間に殆ど回復できた。

 やはり、頭を酷使したことだろうか。

 ただ、それもテログループ制圧の時は割と楽だった。サイバー制御室での一幕のおかげ有益な情報は得られた訳だし。

 問題は、6年前のこの会社の事件。

 情報収集が、ハッキリ言って一番辛かった。

 結果的に情報が無いことが正解だったものの、一時はどうなるかと思った。

 そう考えると、いつも2人(今は3人)に情報収集をさせていたけど、あれもかなり大変なのだろうか。

 ……何故か後ろめたくなってきた。


「……はぁ」

 聞こえるように溜息を吐き、手を差し出す。

「……人質を解放してくれたこと、そして、最後までオレを信じてくれたこと——これに免じて、今日はもうひと踏ん張りさせてもらうよ」

 そう言って、美咲から赤崎を受け取って小さい体を背負う。

 普段のことに関する礼は、何だかモヤモヤしてきたので黙っておく。断じて恥ずかしいわけではない。

 赤崎は女子高生らしい身長をしているおかげで、背負ったまま立つことに苦労は無かった。ゼロ距離になったせいで、耳元で寝息を立てるのは勘弁してほしいが。

「……意外」

 ふと、美咲が聞こえるか聞こえないかという声で呟いた。

 周りの喧騒のせいで何となくしか聞き取れ無かったが、もはや追求する気すら起きない。

「じゃあ、気を付けて帰れよ」

 それを最後に、オレは2人に背を向けて今度こそ歩き出す。


 背中には、1人の勇敢な少女の体温を実感しつつ、2人の安堵に満ちた視線を感じていた。




※※※




「お気をつけて〜」

 江が2人に軽い調子で手を振ると、私は思わず僅かに吹き出してしまった。

「どうしました?」

「いや、ね?とてもさっきまで死線を彷徨っていたとは思えないほど、緩い雰囲気だなって」

「事件の後なんて、そんなもんですよ」

 可愛らしく微笑むと、彼女はスマホを取り出した。そこのデジタル時計は『0:13』と示されていた。

 親にはさっき飯間刑事に連絡してもらったので、取り敢えず心配する必要は無い。

「それじゃ、私たちも帰りましょうか」

 落ち着いた声が耳に届き、私は「うん」と同じくらいの優しさで返事する。


「いや〜疲れましたね」

「……そうね」

「私も真希さんみたいにおんぶして貰っていいですか?」

「なら置いてくよ?」

「ええー、あの頃みたいに甘えさせてくれませんか?」

「……もう高校生でしょ。だから駄目」

「高校生でも甘えたい時期もありますよ……それとも、部長に担がれた真希さんが羨ましいんですか?」

「黙って歩け」


 それから、別々の道に分かれるまで、私たちは喋り続けた。

 いや、喋りたくて仕方無かったのかもしれない。

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