第63話 西村の願い
暗闇の中、俺は意識の有無が分からず、不定形な感覚を彷徨っていた。
しかし、あるタイミングを境に、神経を逆撫でするような激痛が腹部から体を蝕んでいき、あまりの痛みに意識が覚醒する。
「……どこだ、ここ」
目を覚ますと、眼前は夜空が広がっていた。どうやら仰向けになって横たわっているらしい。
散りばめられた宝石のように輝く星々は、しかし俺を迎え入れてはくれない。
何せ、稀に見る大犯罪——テロを展開した男なのだから。
「お目覚めか、西村」
ふと右側から名前を呼ばれ、首だけそちらに向ける。
スーツを着た男が俺を見つめている。
「あ、あんたは……」
「俺は警視庁捜査一課刑事の飯間だ。暫く安静にしてれば意識が戻ると平一から聞いていたが、まさか本当に目を覚ますとはな」
「……何か用か」
「いや、もし気が付いていたら伝えておきたいことがあったんだ。これだけ忙しい中だと、他に伝言できる部下はいないからな」
そう言って刑事と名乗る男は辺りを見渡す。
言われてみれば、確かに辺りでは救急隊や警察が休む間もなく動き回っている。しかもそこら中から声が聞こえるので、騒然として何が起きてるのか分からない。
そんな風に他人事のように見ている俺も、どうやら担架で寝ていたらしい。背中に布の感触がする。
「どうやら頭の回転が戻ってきたようだな。あんたは応急処置で腹の出血が一時的に止められていたが、すぐに危険な状態になりかねない体だった。だから先程、緊急治療を施し今は完全に止血できた」
これまでの説明を受け、俺は無意識のうちに腹を
「まだ止血しただけだ。しっかりした治療はこの後で警察病院でやってもらう」
刑事はそう告げると2歩近づいて、俺のほぼ真上に顔を持ってくる。
「病院で検査の後、安全を確認し次第お前は逮捕される。他の重傷を負った仲間3人と一緒にな」
「3人……ってことは……」
「ああ。テログループのうち、2人だけがその場で逮捕された。特別な負傷もなく、意識もあったからな」
「そうか……ん?」
今、2人って言ったか?
でも、今回のチームには俺を含め7人が参加していたはず……
「主犯の山田 咲と名乗る女も既に確保し、爆弾も爆発物処理班により解除された。お前らの企みもこれで幕引きだ」
その言葉を最後に、刑事は背を向けて歩き出した。
消えた1人のことも気になるが、その懸念は新たな情報によって瞬時に上書きされた。
「ま、待て!」
俺は咄嗟に声をあげ、肘を突いて上半身を持ち上げる。
痛覚を刺激され痛みに顔を少し歪めるが、目の前で刑事が足を止めたのを視認したところで口を開く。
「主犯が彼女って……今回の計画、全ての発端は……」
3年前——俺が山田さんに今回のことを相談・依頼したことが、全ての発端だ。
まさか裏社会で暗躍する人だったとは毛頭考えてもいなかったが、結果的にここまで来れた。
全ては竜也のために……。
だから、主犯はあくまで俺だと思っていた。いや、思っている。
「……あの女自身がそう言ったんだ。あくまで現状の判断がそうなっているだけで、今後の捜査で変わるかもな」
高低差の無い無情な声で告げると、俺が反論してこないことを察したのか、再び距離を離し始めた。
事実、俺は何も言葉が出てこなかった。
あの人が、俺の身代わりになろうとしている……?
無論、答えは誰からも提示されず、周りには渋い顔をした警官が見張りをしているだけ。
「あの女……まさか、先輩のことを……」
去り際、刑事が何か呟いた気がするが、喧騒に紛れてよく聞こえなかった。
※※※
山田さんには感謝してもしきれない。
何せ、俺のような一端の平社員に、不可能に近い理想を叶えさせてくれたのだから。
ここまで大胆なことをするつもりは無かったけど、復讐を為せるなら、と思い彼女に協力した。
最初は手伝う必要は無いと言われたが、流石に山田さんをいつ死んでもおかしくない状況に置いておきながら、自分は安全圏で遠目に結果を待つのも如何なものだろうかと思い、共に戦うことにした。
当日までの指示や計画はほぼ彼女に任せ、本番は秘書として人質のふりをしているので、そこでの指揮は俺がすることになった。
結果的に、あの探偵には敗れたものの、もし彼が正義を貫いて6年前の真相も暴いてくれたなら、それで俺は満足だ。
……でももし、もう一つだけ願いが叶うなら。
———竜也に、会って話がしたかったな。
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