第61話 努力の賜物
「……美咲さん。落ち込まないで下さいよ」
私は、目の前で受付カウンターに突っ伏す美咲さんを慰めていた。
「……惜しいとこまでいったんだけどなぁ」
私の考えでは、美咲さんの視力があれば2,3発の試し撃ちで修正が効かせられるものだと思っていた。
しかし、現実は甘く無く、残弾8発は全てシャッターに凹みを生むだけだった。
その結果、勝ち筋を失った美咲さんは絶望に染まっていた……。
「ごめんね、江……自分で言うのも何だけど、ここまで不器用だと思わなかったんだ」
「仕方ないですよ。それに、私も撃ったことなんて無いんですから。美咲さんのことを責められる立場じゃないですよ」
厳密には、さっき月島を尋問するために天井に1発撃ったが、ただ上を向けていただけで、何の技術も要していない。
「……1つ下の女の子に慰められてる現状が一番辛いよ」
「そこは目を瞑りましょうよ」
美咲さんのことは一先ず置いておき、とにかく今は打開策を見つけないと。
そう思い、真希さんに相談しようと彼女の元へ歩く。
何故か手榴弾の傍に座り込んでおり、こちらに背中を向けて何かしている。
何をしているのか尋ねようと覗き込むと、そこには——
「——許可証?」
真希さんの横に、大量の許可証が山積みになっていた。受付カウンターにあったものだろうか。
その中には、彼女がさっきまで首に下げていた1つもある。
「あ、江ちゃん、手伝ってくれる?」
「……何してるんですか?」
流石にこればかりは理解できずにいると、真希さんは可愛らしく小首を
「何って……この手榴弾を起動させる装置を作ってるんだよ?」
相変わらずの抜けた声で、しかし私には重たく耳に流れ込んでくる声が聴覚を支配する。
「そ、その許可証の山で、ですか?でも、どうやって?」
「これ、全部紐が付いてるでしょ?基本は千切れないはずだから、これを結んで1本の長い紐を作って棒に繋げて、手榴弾本体はどうにか固定させれば、紐を引いて遠くからでも起動できるよね」
見れば、真希さんは確かに紐を結んで1本のロープに近いものを作っていた。
多少危険ではあるが、可能性が高い手段ではあるのも事実。
「よ、よくそんなこと思い付きましたね……」
「思い付いたって言うか……さっきの月島って人、なぜか紐とテープを持ってたでしょ?結局私たちはその道具であの人を拘束したけど、なんで持ってたんだろうって思って」
そういえば、一瞬そんなことも思ったが、目の前の情報収集に必死で忘れていた。かなり長い紐だったはず。
「もしかしたらあの人も弾が全部外れたら、その紐とテープで同じような仕組みを用意して起爆するのかなって」
「……」
「最初は『抵抗する人質を拘束するため』くらいにしか考えてなかったんだけど、あれだけ武器を持つ人が本気でそんな発想をするとは思えないし……まぁ、なんとなく、だけどね」
そう言って彼女は可愛らしく舌を覗かせる。
ただただ、衝撃だった。
私にも美咲さんにも思いつかないようなことを、平然とやってみせた。別に悔しい訳でもなく、
だからこそ、それだけ違和感無く話を飲み込める事実は、脳を驚愕で支配した。
「ほら、江ちゃんも手伝ってよ!」
驚きのあまり呆然していると、真希さんの呼び声に意識が戻される。
真面目な表情で紐を作る姿は真剣そのものだ。
いつものあたふたしてツッコミをするだけの真希さんと比べると、まるで別人だ。
ファミレスの毒殺事件で出会った頃より格段に『探偵』として成長しているのだろうか。
興味本位で入ったと言ってたが、それでも彼女の性格が、真摯に部活に向き合う姿勢を造り、今の実力を形成した。それは、紛れもなく彼女の努力の賜物だ。
「……手伝います、真希さん」
私も、追いつかれないように頑張らないと。
※※※
その5分後。
あの後、どうにか立ち直って手伝ってくれた美咲さんの手もあって、すぐにロープは完成し、安全に起爆することができた。ちなみに、手榴弾本体は受付に置いてあったセロテープを使って床に貼り付けた。
そして、煙が収まったところで外に出てみると、案の定そこでは機動隊がライオットシールドで壁を作っていた。しかし、女子高生が出てきたことに違和感を覚えたらしく、警察を僅かな騒めきが支配した。
飯間刑事が、出てくるまでは。
美咲さんと私で事情を説明し、人質の解放をしてもらうよう指示してもらい、私たちは機動隊を案内した。
大勢の警察官が建物に入っていき、多くの人質となっていた一般人が出て行く中、私と真希さんは美咲さんに呼ばれて集合していた。
「この後は、階段で16階まで昇り、会議室Dという部屋に行く。そこにいる人質も1階に誘導したら、部長のところへ行こう」
部長の居場所は、私が持っているトランシーバーにもうすぐ連絡が来るはず。
「ねぇ、刑事さんに白澤くんともう1人いる犯人の仲間のこと言わなくていいの?」
真希さんが不安そうに尋ねるが、美咲さんは首を横に振った。
「今はまだいい。もし伝えたら、無闇に大勢が上階を目指して駆け込むことになる。そうなれば、もう1人いるという犯人に私たちの動きに気付かれる確率が増えてしまうでしょ?」
その説得に真希さんは「分かった」と強く頷くと、
「じゃあ、私たちで、白澤くんと他の人質も助けに行こう」
目の色が変わった真希さんの意気込みを賛同するように2人で同時に頷くと、ビルに向かって走り出した。
部長との連絡から約20分が経過した。
タイムリミットは、もう目前だ。
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