第60話 初射撃

 部長からの指示を聞いた私たちは、急いで1階の入り口に向かっていた。階段を走りながら、脳内で指示の内容を思い出す。


『エレベーターは壊されて使えない。だから人質の脱出には階段を使え。出口を確保したら、恐らく外で警察が待機してるはずだから、彼らに人質の安全を速やかに確保させるんだ』


 神経を張りながら階段を駆け下りるこの時間が、無限に感じられる。

 何せ、爆発まであと1時間も無いのだから。

「来てる警察って、捜査一課もいますよね?飯間刑事いますかね?」

 江が軽やかに走りながら、緊張感のまるでない一言を呟く。

「どうだろうね。もしいたら楽なんだけど」

「ふ、2人とも、よく、そんな、関係、ない、話が、出来るねっ……」

 話を聞いていたのか、後ろから真希がツッコミを入れるが、いつものキレはない。走ることに必死で、息を整える間も無いから無理ないが。

「真希さん……やっぱ安定してますね」

「やめてあげて。事実とはいえ」

「美咲さん……せめて、フォロー、してよ……」




※※※




 それから3分もしない内に、私たちは目的地についた。

 ここは、今日の夕方に私たちがこの会社に足を踏み入れた場所。ただ、その時とは違い壁一面を無骨なシャッターが覆っているが。

「さてと……あとは手榴弾で爆破するだけ……」

 そう言いながら、戦利品である2つの手榴弾をシャッターに立てかけるように置いたところで、ふと気付く。

「ね、ねぇそれ、どうやって起動させるの?」

 どうやら私と同じことに気付いたらしい真希が、疑問を口にする。

 手榴弾の中心を貫く金属棒を抜けば、間を置いて起動する。しかし、そこで無事に計画を進めるには、抜いた直後に起爆範囲から逃げる必要がある。

 2個の手榴弾が被害を及ぼす距離をある程度推測し、周りを見渡す。しかし、

「ここ、障害物ほとんど無いですね」

 同じように周りを見ていた江が、悲しい事実を言語化する。

 もし身を隠せる障害物があれば、起動後どうにか走り込めば一応は威力を落とせるはず。しかし見た限り、そんな場所は少し入り口から進んだところにあるフロントカウンターのみ。

 そこに走り込める自信は無いし、下手すれば逃げる途中で爆風によって弾き飛ばされ、そのカウンターに激突する危険性もはらんでいる。当たりどころが悪ければ……

「まぁ、しょうがないですね。あそこにしますか」

 そうやって私が不吉な想像をしていると、江は溜息混じりにボヤきながら歩きだした。

「江?どうするつもり?」

「え?美咲さん、考えてなかったんですか?」

 少し部長な重なるような声色に驚きつつ、私は無言で頷く。

 この子には、何か考えがあるのだろうか。

「さっき月島が手榴弾の解説をしてるときに言ったある言葉、覚えてます?」

 ポケットから拳銃を取り出し、残弾を確認しながら解説する。

「さ、さぁ……」

「あの男は手榴弾の強度のことを『銃で撃ち抜きでもしない限り暴発しない』と説明しました」

 そういえば、そんな気もする。

「多分アイツも、もし脱出するときにはこの方法を選ぶつもりだったんですよ」

 語りながらカウンターに入ると、江は拳銃を台に置き、空の右手の親指と人差し指だけを伸ばし、残りの3本を丸めたまま手榴弾の辺りに人差し指を向ける。

 その動作は、まるで手榴弾を標的に射撃しようとしているようで。

「ま、まさか……その銃で撃ち抜くの?」

「はい。まぁ、やるのは私じゃないですけどね」

 私は小走りに江の元へ行くと、その言葉に眉をひそめる。

「……私にも、出来る自信ないけど」

「でも、一番可能性があるのは美咲さんですよ」

 彼女は、私の視力のことを言ってるのだろうか。

「あんたね……」

「でもやるしかないですよ」

「……はぁ、分かったよ。真希、こっちおいで」

 深々と溜息をき、離れたところで息を整えていた真希を呼ぶ。2人にはカウンターに身を潜めてもらうしかない。

 深呼吸をし、両手に銃の重さを感じながら標的を見つめる。

 遠くにあるそれは、ここからは2つの点にしか見えない。的のサイズは約10センチ、さらに弾丸は直径9ミリ。

 当てるには、異次元的な技術が必要となる。

「期待しないでね?初めて撃つんだから」

 頬を汗が伝うのを感じ、直後に雑念を全て拭い去る。

 銃口の向きに全集中を注ぎ、狙いを定める。

 そして、勇気を振り絞って引き金を引いた。

 甲高い音と共に、火花が散る。

 手榴弾から、遠く離れた位置で。

 ……。


「……あれ?」

 頭の中が、真っ白になったような気がした。

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