第59話 ただそれだけ

 ——時間は少し戻って、沢城に逃げられた直後。大体40分くらい前だろうか。


 サイバー制御室から廊下に出て、辺りを見渡したオレは、沢城の姿が確かに消えたことを確認し、次の手を考える。

 勿論、沢城を追う手もあるが、もし全く予想も出来ないところに逃げられていたとしたら、時間を無為に浪費する羽目になる。それでタイムリミットになったら洒落にならない。

 取り敢えず足元で泡吹いて倒れている武装者に目を向ける。沢城の情報通り、その男の肩にはトランシーバーが添えられていた。

 カラビナから取り外し、迷いなく側面のボタンを押すと、ハウリングに近い音が響く。

 電池が生きてることを確認し、現状で唯一このトランシーバーで連絡できる相手に話しかける。

『アーアー、聞こえるか?』

 どうにか返事してくれることを祈りながら、オレは声を送る。

 指をボタンから離し、向こうの反応を待つ。

 ……。

「……来ないな」

 送れなかった可能性を危惧し、もう一度やろうとしたその時、


『……もしかして、部長?』


「み、美咲……?」

 とても聞き慣れた、つい数時間前まで傍で聞いていた声が耳に入り、オレは絶句した。

 沢城の話だと、山田以外の残る敵は、下の階で徘徊してる見張り役が1人いたはず。そいつと連絡し、敵を制圧した事実を伝えて投降をさせようと思っていた。

 しかし、そこで美咲の声が聞こえたということは、その1人いた犯人を3人が制圧したということなのか。

「江と赤崎は無事なのか?」

『ええ、目の前でニコニコしてる』

「流石にニコニコはしてないだろ」

 その軽口の叩き方に、とてつもない安堵を覚える。

 何だかんだ言って、オレも気を張り詰めていたらしい。肩の力を抜きそうになる。

 でも、まだやることは残っている。

「まずはそっちの現状を聞かせてくれ」




※※※




 意表を突いた連絡に戸惑いつつ、どうにか部長と繋がった私は、自分たちの推理も含め3人の身に起きたことを伝えた。

『なるほど……じゃあ、お前らは今から1階で手榴弾を使って脱出経路を確保しようとしていたんだな?』

「ええ。そうして人質を解放できれば、まずは一安心だからね」

 しかし、部長と連絡が取れるなら話は変わってくる。情報が増え、それに比例して可能な行動も増えるからだ。

「ねぇ、このまま脱出させちゃって大丈夫なの?」

『そうだな……他の社員や客はそうしてやってくれ。ただ……』

 躊躇うように口籠る部長に違和感を覚えた。

 何かまだ懸念事項があるのだろうか。

『……お前らにも脱出してもらいたいところだが、本音を言えばまだ残って手伝って欲しい』

 部長にしては珍しく、後ろめたそうに語る。

 仲間を気遣うその姿勢は、部長という肩書に相応しいもので。

 だからこそ、部員である私たちは応えないと。

「そうね……私だけ、ってのもアリだと思うんだけど」

「美咲さんが行くなら、勿論私もついて行きますよ」

 そう語気を強くして意思を示す江は、私以上に強靭な心構えを握り締めているように微笑んでいた。

「2人も行くなら……私も、手伝うよ!」

 いつも不安定な真希も、この瞬間ばかりは心強い仲間として立っていた。

 そんな姿を見せられてしまっては、こう言うしかない。


「———部長、探偵部員3人とも、今なら何だってやれるよ」


 その強さは、どこから湧き上がる物なのか、皆目見当も付かない。

 ただ、遠くにいる、心から信頼できる仲間が頼っていて。

 ただ、隣にいる、心から信頼できる仲間が手を貸してくれて。


 ただそれだけで、勇気と力がみなぎってくる。

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