第58話 オレの6年前

 私には、この会社に勤める表の顔と、テロ組織の幹部として働く裏の顔がある。ここ10年は、私情で暫く組織から離れていた。

 しかし数年前、ふと西村が私にこんなことを持ちかけてきた。


『なぁ、山田さん……俺、アイツの仇を取りたいんだ』


 突然レストランに呼び出されたと思えば、あの男は神妙な面持ちで意思を連ねた。

『アイツって……綿貫くん?』

『ああ。未だ目が覚めない竜也が不憫でならない。俺には、アイツが自殺する理由が分からねぇ』

 西村は、綿貫が解雇されて間もなく辞職した。きっかけは勿論、綿貫の末路によるもの。

 だから、どこで何をしているのか知らなかったが、まさか密かに復讐を練っていたとは思わなかった。

 彼は、今年この会社が新しくなることを耳にしたらしく、その機会に葬られた過去を呼び覚まそうとしていた。私が相談されたのは、当時から秘書として会社の中枢に食い込んでいたからだろう。

 無論、最初のうちは断ろうと思っていた。

 しかし——




※※※




「私は、お前のことを思い出したんだ……白澤 平一」

 オレの名前を噛み締めるように呟く。

 そこには、確かな因縁があるような響きがある。

「すまないが、オレには思い当たることが——」



「———6年前」



 遮るように、言葉が飛んでくる。

 その数字は、今日だけで何度も耳にしたもので。


「この会社にとっての6年前と、お前にとっての6年前は違う。そうだろ?」


「———」

 しかし、オレにとっては深く深く意味がある数字で。

「6年前、お前の父親がしたとき。その現実は、少年であったお前の心をどれほどむしばんだ?」

「……薄汚い同情なんてするな。反吐へどが出る」


 こいつは、オレにとっての6年前を言っているのか。

 こいつは、あの日のことをどれだけ知っているのか。

 こいつは、父さんとどんな関係があるのか。


「10年前、私が所属していた犯罪組織から距離を置くことになったきっかけ。それが、お前の父で警視庁捜査一課の警部だった——白澤しらざわ 慎二しんじだ」

 久々に聞いた父さんの名前。

 その文字の羅列は、鼓膜だけでなく脳をも振動させた。

「私のとある任務中、あの男が私の計画を邪魔してきた。おかげで任務は失敗、私は組織で居辛くなり、離れることを決めた」

 眉間にしわを寄せ、苛立つようにあげつらう姿は犯罪者そのものだ。

 だがオレの頭の中は父さんのことで一杯だが。

「……話が逸れたな。私は、西村から例の話を提案された時、ある計画を思い付いたんだ。それは、あの男の息子であるお前を狙ったものだ」

「父さんへの復讐に、オレが被害者なのか」

「そうだ。6年前の綿貫の事件、お前が言うように物質的証拠が何もない。そこに気付いた私は、西村に探偵部の協力を利用するよう進言した」

 西村が探偵部に絶大の信頼をしていたのは、同じく信頼していたこの女から推薦されたからだろう。

 よく考えれば、さっきまでの秘書・山田 咲に犯罪者の匂いは微塵も無かった。西村を騙して誘導することなんて容易いはず。

「そして、証拠が無いと分かったお前は、立ち向かうすべも無くタイムリミットを迎え、大勢の命と共に地へ伏すはずだった。そうなれば、この事件を取り上げたメディアは、お前の失態を世界に晒していただろう」

 その計画が現実のものとなれば、オレは3000人以上の命を守れなかった、惨めな高校生としてレッテルが貼られる。

 ここまで自信を持って語るということは、恐らく後日にこの事件の情報を精査してメディアに流す仲間でもいるのだろうか。

「お前の狙いは、オレの名誉ってことか」

「ああ、完璧なハズだった!今はいないあの男への土産として、最高の一品だからな!それが、それがぁ!」

 突如、声を激的に荒げ始める。

 武器を持っていないのは一目瞭然。だが、昂る感情の炎は燃え始めに煙をたててくれない。

「完璧なのか知らないが、全て見抜かれて情緒不安定って、ちとダサくないか?」

 オレは宥めるように軽い調子でそう言うと、

「……お前は、この階のどこに爆弾があるのか、知っているのか」

「爆弾の場所……いや、沢城もそこまでは……」

 そこまで答えたところで、オレはある事実に気付く。


 ——爆破まで、あと何分だろうか。


「やっと気付いたか名探偵!私が長々とお喋りしてたのは、お前が爆弾の解除に掛ける時間を減らすため!あと数分で全てがお釈迦になる!」

 父さんへの復讐の達成が目前となり、歓喜が声からも表情からも漏れ出し始めた。

「お前1人で、どれだけのことができる!」

 下品な笑い声が一室を支配する中、オレはそっと口を開く。


「オレ1人、か」


 ガチャ。

 ドアのレバーハンドルが下がる音に、斬り裂くような甲高い声が収まっていく。

 ゆっくり、視線がオレに向く。

「……おい、まさか」

「その『まさか』だと思うぜ?」


 オレの背後で、ドアが開く。

 見なくても、誰が来たのか分かった。

 いや、『知っていた』の間違いか。



「——間に合ったみたいだね、部長」



 落ち着いた美咲の声に、オレは思わず頬を吊り上げてしまう。足音からして、他の2人——江と赤崎もいるらしい。

「やっと気付いたか真犯人。オレが無駄話をしてたのは、仲間がくるまでお前をここにとどめるためだったんだぜ?」

 動揺を隠しきれない真犯人の前で、さっき彼女が使った口振りを真似て最大の皮肉をぶつける。

 さて、改めて紹介させてもらおう。


「オレたちは色沢高校探偵部。揃うはずのない部員が揃った——その事実が、お前の敗北という証のり所だ」

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