第57話 畏敬の念
「ククク……ハハハハッ……」
とにかく不気味な笑いを浮かべ、ピッチリとしたスーツ姿に似合わない立ち振る舞いを見せる。
魔性の女の如く腰を捻り、必死に破顔するのを防ごうとし、結果的に笑いが漏れ出ている。
「そうか……証拠が、無いのか!」
オレが認めた事実を歓喜するように声を荒げる。
「だとしたら、6年前の事件を、黒幕があのオヤジだと決めて解決することはできないなぁ!」
——彼女の言う通りだ。
証拠がない現状は、所詮オレの想像に過ぎない。
事実、さっきの推理は全て想像で考えていた。根拠なんて何もない。
「そんなんじゃ、綿貫も浮かばれないなぁ。それに、このビルの人質3000人も、同情の余地が——」
「まだ、終わってないぜ」
興奮気味に
「お前、さっきオレに何て質問したか覚えてるか?」
「……質問?」
「ああ。つい5分前、お前は『テロを起こした動機が、本当に6年前のあの事件を解決するためだと考えているのか?』みたいな訊き方をしたんだよ」
言葉はちょっと違うだろうけど、大筋は合っているだろう。そんな、発言を一言一句覚えられるほど、今のオレには余裕が無い。
「オレはまだ6年前の真相しか述べていない。つまり、テメェがご希望の回答はこの後だぜ」
やっと、勝算が見えてきた。
明確な道筋が見えたわけではない。ただ、ゴールの位置がはっきり見えたのだ。
視線の先にいる女を刺し殺すような笑顔を携え、オレは口を開く。
「最初、社長室で6年前の事件の書類を貰った時から、頭の隅でずっと疑問に思っていた」
それは、西村がオレのために可能な限り提示した資料で。
アイツが信用してやまない情報の山。
「あの男が解いてほしい謎。それも、オレには違和感を禁じ得ないものだった」
6年前、綿貫さんを解雇するために圧力を掛けた人物を探して欲しいというもの。
そう、極めて不鮮明な犯人を。
「どちらも、人に頼るにしては無理があり過ぎる物だ。けど、その謎は沢城との会話で解けたよ」
そう言って、数分前のあの女との話を脳内で再生する。
「アイツはオレのことを『ボスが狙っている探偵』と呼称した。そして、ついさっきお前はそのボスとやらが自分のことだと認めたな。つまり、お前はオレを狙っているということになる」
ちなみにオレにはコイツから恨みを買った覚えは塵一つない。そもそも顔も名前も知らないのだ、変な貸し借りが生まれる余地はない。
「ここからはまたオレの推測だが——お前はオレに用があり、そこでオレを
山田がオレを狙っていることは明白であるが、殺したいのか、拷問したいのか、オレの処遇までは分からない。だからこそ、どんな事態になってもおかしく無い。
「西村はどうなのか知らないが、お前は6年前の事件なんて毛頭興味ない……違うか?」
これがオレの『賭け』だ。
「……」
沈黙を貫く山田は、冷徹な視線でオレを射抜く。
ただ、自信に満ちたオレの眼はそれを真っ向から受け止める。
正面から互いに見据え合い、しかし遂に痺れを切らした山田が口を開いた。
「———さっきの称賛は訂正しよう。お前には、畏敬の念が相応わしいな、名探偵」
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