第54話 一騎討ちの行方

「ボスってのはやはり、山田 咲なのか?」

 オレは無理を承知で沢城という女に尋ねた。

「……私に、そこまで告げられる資格は今はない」

「まるで今後それがあるみたいな口振りだな」

「……さあな」

 吐き捨てるような返事を他所に、沢城は近くの椅子に腰を下ろす。


 ここはサイバー制御室の作業室だという。

 壁一面を覆う画面には、幾多もの情報が数値化されて表示してある。

 部屋は薄暗く、おかげで画面がより一層の存在感を放つ。

 部屋にある椅子が8脚しかないことから、1度に管理している人数はそこまで多くないらしい。

「ここで、この会社のネットワーク環境を支配していたのか」

「ああ。思いの外、単純だったな。モニターを見れば分かるだろうが、ここで出来ることは限られている。だからこそ、ここは少数精鋭で制圧できたんだ」

 特に抵抗を示す素振りも無く、淡々と言葉を繋ぐ。その言動に、何故か欠片も不安に思わなかった。

 ——敵意が、見当たらない。

「オレの記憶が正しければ、もう武力を持つ敵は存在しないはず。唯一、1人を除いてな」

「……」

 オレが視線を送ると、沢城は口を噤んだ。

「山田も犯人の仲間なら、あいつに戦闘力があってもおかしくない。しかも、西村はあの女の所在を知らないときた。つまり、今回のテログループの中で特に自由に動ける人物ということ。そんな奴、大物としか思えないだろ」

「……本当に、流石としか言いようが無いな」

 その返事を肯定だと捉え、オレは話を続ける。

「お前を除けば敵はあの女だけだ。アイツは何処にいる?」

 ここが本題だと言わんばかりに、拳銃を突きつけて吐き捨てる。

 全くの未知数であるこの女は、一体この状況でどんな答えを出すのか——。



「きっとお前なら、人質3000人を無傷で救い出すんだろ?」



「は?」

 主旨が逸れまくっている返事に、オレは目を丸くする。

「私は、あの人混みに紛れて逃げるよ。気絶している仲間たちはどうせ助からないだろうしな」

「……オレが、お前を逃すと思っているのか。足止めする手段なら幾らでもある」

「幾らでも、か……」

 直後、沢城は右袖口から棒状の物を伸ばし、右手に握り込んだ。

 それは、まるでスイッチのような……

「これ、何のスイッチか分かるか?」

 持ち上げた右手に握られているのは、細長い直方体の上に小さなスイッチが1つだけ付いていた。

 冷酷極まりない金属が黒光りするその機械は、テロにより制圧された現状に適応した姿をしている。


「まさか……!」

「ご明察。私、これの担当だから」


 言うと同時に、彼女は自分の服を胸元が見えるように引き下げる。

 豊満な胸をこちらに見せつけるが、目的はただの露出ではなく、そこに疎らに貼られた電極を認知させることだろう。

「もし私がスイッチを押した時、若しくはこの命が尽きたことをこの電極が感知した時、14階に敷き詰められた爆弾が起動する。私に手が出せないってこと、分かるな?」

 そこまで説明されて、オレはある事実に気付く。

 部屋の椅子や机の配置のせいで、幾ら最短ルートを選択できても、すぐに沢城の間合いに入ることができない位置にいた。

 少しでも攻撃する素振りを見せたら、コイツは命を惜しむことなくスイッチを押す可能性がある。

 ここで初めて、オレは人質3000人の命の重みを実感した。

「私に武力はない。無闇に戦うすべが無い以上、私が生きて帰るにはこうやって逃げる他はないの」

 沢城は立ち上がると、出口に体を向けた。

 オレは必死に頭を回転させ、目の前の女を捕らえる方法を探す。

 しかし、どこまで探しても、見つからない。

 多くの守るべき命をオレの手から溢さないためには、この女を見逃すしかない。

「……探偵、お前は山田 咲がテログループの一員だと推理した。そして、今からその推理が合っているのか確かめに行く。違うか?」

「……その通りだ。証拠が全くないからな」

「彼女がどこにいるか、私には教えられない。けど、私にも教えられることが2つある」

 出口への歩みを着々と進めながら、沢城は無機質な言霊を生み出す。

 オレには、ただ傾聴するしかなかった。


「1つは、爆弾があと1時間弱で自動的に爆破するということ。もう1つは、私と西村、そしてさっきお前が最初に倒した男と、5階以下担当の月島という男だけがトランシーバーで連絡を取れるということ。今回は新顔が多かったからな。無秩序にシーバーを持たせたく無かったんだろう」


 ポケットから黒いトランシーバーを見せつける。

 そういえばさっきの男も西村も、左肩にトランシーバーを装着していたな。それのことを言っているのだろうか。

「この情報を置き土産として残しておく。満足かな、名探偵?」

「……そんなありがたい土産には、お礼がしたいな。郵送するから家の住所を教えてくれよ」

「さぁ。深い地獄の底にでも住んでるかもね」

 有益な情報を素直に喜べない現状、敵が目の前で堂々と逃げ去るのに追えない現状に、歯噛みするしか無かった。

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