第50話 静寂

「……1階の出入り口は、全てシャッターで封鎖されている。地下に繋がる扉も開かないようにしてある」

 重々しい口をどうにか開け、月島は知り得る情報を吐露し始めた。

「だから1階に出口は無い。事実、仲間はみんなこのビルで果てると考えてるだろうよ」

「その言い方……まるであなただけは逃げ道を確保しているようですね」

 江ちゃんが相変わらず銃を当てて、意識を月島から一切ブレることなく尋ねる。

 対して、その質問を受けた月島は「その通り」と答え、

「簡単な話さ、シャッターを爆破すればいい。俺は武器として銃だけでなく手榴弾を2つ持っているからな」

 月島が視線を落とすと、確かに右肩に手榴弾が2つぶら下がっていた。

「コイツはとても高性能でな。内側の衝撃には弱いが、外からの衝撃には強くなっている。だから銃で撃ち抜くような真似をしない限りは暴発しない」

 興味ないような自慢が入ったが、それによって強気になれたのか、美咲さんは手榴弾に手を伸ばす。

 小さなカラビナらしい金具を外すと、2つのそれを手の平に乗せた。

 文字通り手の平サイズのそれは、どうやら美咲さんの関心を大いに引いたらしい。

「……初めて本物を見たし触ったけど、予想以上に軽いし硬い」

「その真ん中の金属棒を抜いた数秒後に爆破する。扱いには気ぃ付けな……なぁ嬢ちゃん、これで満足か?」

 疲れたように注意喚起する男は、勘弁して欲しいとばかりに江ちゃんを見る。

 嬢ちゃん、と呼ばれた少女は軽く微笑むと、

「ええ。脱出のイメージは何となく分かりました。そのため手榴弾は貰いますね」

「私としてはあんたのことが気になるけどね」

 ふと、意外なことを問いかけた美咲さんに、流石の江ちゃんも驚きを顔に写す。

「あんたはどうしてそこまで死に怯える?今お前がいる世界は死と隣り合わせじゃないのか?」

 ここまでの月島の反応からして、本気で死を避けようとしている。しかし、あろうことが人の命を無為に奪うような人たちに、そんな感情があるのだろうか。

 ある意味では純粋な質問に、月島はおどけたように微笑むと、

「……完全に個人的な理由だけどな。俺にはここ数年慕っている人がいるんだよ。その人も同業者だけど、その人に追いつくまでは、死ぬ訳にはいかないんだよ」

「でもあんたら、テロリストでしょ?追いつくってどういうことよ?」

「その人は、沢山の部下を引き連れているんだ。今回の計画にも大勢の手下が指名された。そいつらは躊躇いなく集まり、その人に命を捧げる覚悟を持っていた。俺も……俺も、そんな風に融通の利く部下を得て、大犯罪を成し遂げて果てたいのさ……!」

 途中から目が爛々としてきた。希望にも等しい何かに胸を高鳴らせながらのたまう姿は、もはや狂気そのものだ。

「まぁ何でもいいけど……つまり今回の事件には、すべてを企んだ大ボスがいるってことか」

 美咲さんは腕を組むと、真剣な表情で口を開いた。

 その姿は、ただ事実確認をしているようには見えない。

「美咲さん……やっぱり、白澤くんのことが気になる?」

「……そうね。敵の目論見がまるで分からない以上、いつ部長が危険な目に遭うか……」

「ねぇ、テロの犯人さん」

 話を切り上げるように、江ちゃんが月島に顔を向ける。

「5階以下の階に、パトロール中の仲間はいますか?」

「いないさ。今回は少数精鋭らしいからな。それに爆弾も用意してある」

「そう言えば、爆弾はどこにあるのかな?」

 確か最初の脅迫放送で爆弾の存在は明示したものの、当然場所の発表は無かった。

 話の流れからすると、至るところにあってもおかしくはない。けれど、いくらテロリストとは言えこんな大きな建物に簡単に備えられるとは思えない。

「爆弾はそこら中にある訳じゃない」

 ふと、まるで私の心を見透かしたような返事をされ、3人が静かになる。

「ただ、大量のプラスチック爆弾が14階に敷き詰められている。もし起爆しようものなら、14階を境目にビルは分断され、上半分は落ちてくるだろうよ」

 なるほど、そうなったときの影響は計り知れない。

 敵の凶悪ぶりを再認識しておののいていると、

「なるほど。14階なら……エレベーターで1本か」

 美咲さんが自分で確認するように呟いた。

 ……っていうか。

「み、美咲さん?まさか、まさか……だよね?」

「ん?ああ……どうしようかな……」

 先程と同様に即答されると思っていたが、意外にも迷いを表情に含んでいた。どうやら江ちゃんにも理解できないようで、美咲さんの顔を見つめて眉をひそめている。

 そんな静寂が無限に続くと感じたとき。


『ザピ———ッ!』


 容赦無く突然鳴った不協和音が、静寂に終止符を打った。あまりに予想外の出来事に、驚きと恐怖で心臓の鼓動が早くなる。

 どこで鳴っているのか、ハウリングに近いその音はただ私たちの空間を支配する。

 いつ何が起きてもおかしくない。そう考えていた自分はどこへやら、不安が脳で犇いてる。

 全てに警戒を注いでいると、再び驚きの出来事が———



『……アーアー、聞こえるか?』



 音声の調子を確認する、白澤くんの声が反響した。

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