第46話 瞬く間の制圧

「正直勘繰りすぎだとは思うけど、ついこの部屋に飛び込んだ直後に回収しちゃってな」

 懸念顔で尋ねる度会に、俺は冷静に返事する。

「でも西村さん……あの探偵、結構ヤバいやつなんでしょ?他の人質なんか比にならないくらい警戒した方が……」

 あまりに警戒心が過ぎる度会に、「まぁまぁ」と宥めようとしたその時——


「——ぁ?」


 ———俺は、宙に浮いた。


 コンマ数秒の無重力の最中、俺は状況を理解した。

 度会と呑気に喋っていたせいで、探偵への注意が逸れていた。

 俺の両足は今、ヤツの回し蹴りに刈られた。

 全く防御していなかった俺は、惨めに尻餅をつく。

 そんなのを見て、俺は勿論、度会も平然としてる訳が無い。


「き、貴様ぁ!」


 彼女は怒声と同時に拳銃を構えて、照準を——

「ぐっ!」

 向ける直前、慣れた身のこなしで裏拳を閃かせた探偵は、度会の腕から拳銃を弾き飛ばす。

 弧を描いて舞った黒い鉛が床に落ちるとほぼ同時に、度会の顎に掌底が捻じ込まれる。

 鈍い音がした気がしたが、そんなことより目を剥いて倒れる度会に意識は向いた。あまりの勢いに言葉を失いそうになるが、俺はすぐ立ち上がって銃を構える。

「う、動くな!」

 半ば背中を向けているため表情が見えないが、俺は目の前の男に最大の警戒を注いでいた。

 呼吸が荒い。力が入る。顔、腕、足、腹、ありとあらゆる筋肉が硬直している。

 武装してるとはいえ、しっかり女性の顔立ちをしている度会に容赦無く掌底を撃った。動きの滑らかさが、ヤツに一切の躊躇が無かったことを示す。

「お、お前……!何者なんだ!」

 奥歯が音を立てて軋む程食いしばり、照準のブレが最小限に収まるように気を付ける。

「知ってるだろ。白澤 平一、探偵部部長だ」

 無機質に呟くと、奴の腰がゆっくりと下がった。

 次の攻撃に備え、銃の安全装置を外し引き金に指を添える。

 昨日の夜、最終確認した時とは違い、今は弾丸が込められている。人差し指の筋肉が働けば、人を殺傷するのに充分な鉛が一線を貫く。

 そう考え、指先まで改めて震えだすのを感じる。

「そういえば、ここに来て初めて武力で抵抗したな。てっきり腕っ節に自信が無く、しょうがなく俺たちに従っていたと思ってたが……」

 不安を消し去るため、冗談めかして言葉を投げ掛けると、突いていた膝が床から離れた。

「別に武力に自信があるわけじゃない。折角見せてくれた隙を逃すにはいかなかったからな」

 忌憚の無い言葉が届くのと同時に立ち上がる。

 相変わらず顔は見えないものの、声に感情が乗っていないだけで恐怖を増幅させるには充分すぎる。

「おい、こっちに1歩も近づくなよ。少しでも距離が縮めば即座に引き金を引く!」

 声を荒げ、立ち上がった探偵を見えない縄で縛りつける。

 ここでさっきのような速度で動かれたところで、流石にこの距離と警戒心なら体を貫く自信はある。

 その事実に少し安心し、有利な状況に思わず頬を吊り上げると——


 カチッ。


 金属音が、耳に刺さった。

 それは、探偵の言葉よりも無機質な音で。

 ふと、俺はさっきヤツがしゃがんだことを思い出した。


 あの時、ヤツは何のために腰を下げた?

 何かを、拾った?

 何を————



 予想に次ぐ予想に染まった俺の頭は、次の瞬間、耳を切り裂くようなと、ほぼ同時に横腹を襲った激痛によって真っ白に染まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る